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評者◆睡蓮みどり
カンヌ映画祭は単なるお祭りではない――第71回カンヌ国際映画祭
No.3353 ・ 2018年06月02日




■5月といえばやはりカンヌ国際映画祭。実は、毎年行っている関係者からのお誘いもあって、今年の第71回カンヌ国際映画祭に行こうと決心し、フランス語まで習っていたのだったが、色々諸事情があって断念せざるを得なかった。そんなわけで、ネット画面で映画祭の様子を羨ましく眺めているしかなかったのだが、そんななか、是枝裕和監督の『万引き家族』が最高賞に当たる「パルムドール」を華々しく受賞した。当時14歳だった柳楽優弥が『誰も知らない』で日本人初の最優秀主演男優賞を受賞して話題になったが、今回も原作ものではなく監督自らが原案脚本を書いた作品での受賞ということで、より一層喜ばしい。『そして父になる』(2013)では「審査員賞」を受賞したことも記憶に新しい。
 今回は、『海街Diary』(2015)以来3年ぶりの参加となり、是枝作品が過去に5回もコンペティションに選出された経緯や、メディアによる星取票も高評価で、途中経過の段階ですでにコンペティション部門21作品のなかで期待が高まっていたこともあって、もしかしたらパルムドールをとるのでは、というそわそわした空気感が蔓延していた。そして結果として、日本人監督としては今村昌平監督の『うなぎ』(1997)以来、21年ぶりの受賞となったことも多く報道された。
 現在、日本の監督でカンヌと関わりを持てる人は実はそう多くはない。是枝監督もそうだが、常連という意味では河瀬直美監督、黒沢清監督くらいだろうか。それ以外の監督が新たに選出されるのはそう容易ではないのだという。そんななかで、最近だとフランスとの合作映画『淵に立つ』(2016)で「ある視点部門・審査員賞」を受賞した深田晃司監督は、フランスから芸術文化勲章を授与され、日本・フランス・インドネシア合作映画『海を駆ける』の公開も控えている。今後のカンヌ常連監督になることは間違いないだろう。また、本年度は、5時間17分の長編の『ハッピーアワー』(2015)で話題になった濱口竜介監督の『寝ても覚めても』がコンペティション部門に選出された。この作品でもコー・プロデューサーを務める澤田正道氏の影響は、日本映画とフランスをつなぐ存在としてやはり大きい。日本映画がブランドとして機能している年代がかつては確実にあったが、残念ながら今はそうではない。悪いことではないが、アニメ文化が現代の日本のカルチャーイメージというのはここ10年で変わっていないどころか存在感を増している。今年の映画祭では細田守監督の『未来のミライ』が監督週間で正式に上映された。
 映画祭のなかで、時代を映し出す様々なシーンが見られることは非常に興味深い。華やかな女優・俳優たちのドレスにも毎年その時代が反映され、ファッションが本当の意味での最先端だということを毎年再認識させられる。また今年はハリウッドに端を発した「me too運動」の影響もあってか、審査員9人のうち5人が女性という、これまでにない比率となった。審査員長のケイト・ブランシェット、女優のレア・セドゥ、クリステン・スチュワート、エヴァ・デュヴァネイ監督の4人である。まだまだ女性監督の数が男性の監督に比べたら多くはない現状のなか、数字や比率だけに目を向けてしまうのはあまりに表面的だとは思うが、今回のコンペティションでも女性監督が3人のみ、また過去の歴史を遡っても、71回という長い歴史のなかで82人の女性監督しか選ばれていないこと(男性監督は1645人)を示して82人の女性映画関係者がレッドカーペットを歩いたことや、黒人、混血の女優たちによる差別への抗議は、カンヌ国際映画祭が単に数ある映画祭のなかでも最もハードルが高く、最も権威を持つというだけでなく、正しく機能した場所であることを再認識させられる。単なるお祭りではない、ということだ。毎年、日本からも多くの関係者が会場には行くが、日本人同士でつるむらしいという情報を聞いたのは(見たわけではないので迂闊なことは言えないが)、事実だとすれば非常に勿体無く残念に思う。
 これだけ情報が飛び交い、日本ブランドというイメージだけでは何の効力も持たないなかで、主に家族の物語を通して、常に社会問題に目を向けてきた是枝監督の映画との向き合い方と作品に反映された普遍性とは何だろう。日本に暮らしていると確かに人種差別や宗教の問題とリンクすることなく過ごして生きることもできる。また政治の問題は、おかしな話だがここまでかとタブー視するほど基本的には映画と相性が良くないらしい(実際に私が出演した作品でも政治的であるという理由で上映しない映画館がいくつもあった)。他人の影響を受けながらしか生きられないことを少しでも自覚すれば、あえて社会性など誇張する方が馬鹿げている気もするのだが、残念なことに目を向けないでやり過ごしてしまうことは映画表現にも顕著に反映されているように思う。今回、『BlacKkKlansman』で「グランプリ」を受賞したスパイク・リー監督が受賞演説の冒頭で痛烈なドナルド・トランプ批判をしたのも印象的だった。ちなみに個人的には、監督賞を受賞したパヴェウ・パヴリコフスキ監督『Cold War』や、ジャ・ジャンクー監督『Ash is Purest White』が楽しみである。
 一方で、今年の映画祭で残念なこともあった。これまで公式上映の前に行っていたプレス上映だが、辛口の批評を恐れて先に上映することをやめてしまったのだという。宣伝会社の意向と言われているが、好意的な評しか出ないなんて不健全だし、辛口評を読んだら観に行かないというのもあまりに左右されすぎていると悲しくなるが、SNSが過剰に機能するなかでの非常に悲しい一つの結果なのだと思う。『Le Livre D’image』で「特別審査員賞」を受賞のジャン=リュック・ゴダール監督は今回欠席で、スイスの自宅からスマートフォンを使って参戦した。前作『さらば、愛の言葉よ』でも印象的な「ググれ」の台詞を盛り込んだ彼はそのことについて何と思ったのだろう。自戒の念を込めて、批評の精神を持つことを恐れずにいたいし、これからもカンヌ国際映画祭そのものが批評的な役割を果たし続けていて欲しい。
(女優・文筆家)







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