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評者◆高橋宏幸
異なる文脈の女性たちの身体――錬肉工房公演『春と修羅』(@日暮里d‐倉庫、2月28日~3月4日)
No.3351 ・ 2018年05月19日




■#Metooの余波が来るかもしれない、という期待感すらいまや漂っていないのが日本の演劇界だ。もちろん、日本の演劇は#Metooを必要としていないほど、風通しがよいわけではないだろう。しかし、#Metooに限らず、今後再びフェミニズム的なものが広がるかもしれないという予兆的な動向はある。運動とは言えないが、数年前から「アジア女性舞台芸術会議」という集まりは、会合や舞台製作などさまざまな催しを行なっている。SNS界隈では演劇のシンポジウムが男性だけのパネリストで行なわれた際のジェンダー・バランスについての批判があがった。ポリティカル・コレクトネス(PC)とその批判が交錯するよい機会だったが、あまり議論とならずツイッター上で流れてしまった。
 また、実際に#Metooの告発は演劇界にもあった。加害者に名前を使われた平田オリザは早々にコメントをWEBにアップした。また、その周辺にいたものも早急にコメントを出す、もしくは何かを言っているようで何も言っていないという火消しを速やかに図った。それらいくつかの動きはあるものの、韓国など諸外国の演劇界と比べると、その影響力の差は歴然としている。
 もちろん、運動というだけでなく、テーマとして、もしくは女性という身体性をいかに作品として提示するのかは問題としてある。しかも、現在のフェミニズムや女性性を考える上でいかに扱うのか。しかし、そのような文脈とは関係なく、身体をいまとなってはめずらしいほどの強度のなかで扱う作品があった。それは、女性たちの身体を現代のLGBTやクィア、もしくは第三波フェミニズムのなかで扱うこととは違うが、圧倒的なまでの強靭さをもっていた。
 三十年以上にわたって、能と現代演劇という問題を追求し続ける岡本章の錬肉工房。現代能として宮沢賢治の『春と修羅』のテクストを構成した作品が上演された。二〇一二年に、東日本大震災以後の世界を鑑みつつ一度上演された作品だ。むろん、作品自体は錬肉工房の一貫したスタイルのなかにある。ただし、その持続のなかにあることが、逆に現代の時流と離れているため異なった文脈を連れてきた。
 舞台にいるのはすべて女性たち。仄暗い舞台のなかで七人の女性たちが浮かぶように現れて、ほぼ全体を通して舞台に立ち、佇み、そこで宮沢賢治の構成されたテクストの言葉を発していく。演ずるのは能役者である鵜澤久や現代演劇の俳優たち、そして錬肉工房のメンバー。演じるものは、ときに能のシテのように一人で語ったり、西洋演劇のコロスのように複数で語ったりもするが、現代能を志向する舞台ならではの、早い動きや会話があるわけではない。だから、一見すると変化にとぼしい舞台に映るかもしれない。
 実際、舞台の基調はほぼ一定している。いわゆる会話ではなく、身振りも最小限に抑えられる。構成されたテクストには、明確なストーリーがあるわけでもない。しかし、賢治の詩の擬音や擬態語が組み合わされつつ、それがときに発せられる声となり、意味となり、ときに音へと戻される。演者の身体の緊張感が抑圧された言葉となって弾けんばかりに現れるときもあれば、たゆたうような言葉たちが現代演劇の空間としての劇場を満たすこともある。それが、立っている身体から発せられるのだ。もちろん、立っているだけといっても、そこには空間に点在しつつ、柔らかくそこに屹立する身体の強度がある。いわば、単なる強烈な存在感として屹立する身体というだけでもない。空間のなかにおぼろげに溶け込みながら、ふとした瞬間に強く現れる。リテラルに見れば、立っているだけであっても、そこには様々な深みと広さがある。このような身体性は、女性だからというだけに還元もできないだろう。その点だけでも在ることの身体の不思議さが、宮沢賢治の詩の言葉を発する行為とともにある。むしろ、それを提示するために女性たちの身体が置かれたのではないか。
 このような強度がある身体性や舞台を包む空間の感覚は現在の舞台では数少ない。少なくとも、若い世代や中堅世代にはもはやいない。そもそもいまの現代演劇の俳優たちで、このような舞台に立とうとするものは少ないだろう。確かに、錬肉工房の舞台は先に述べたような現在のフェミニズムやジェンダー、セクシュアリティを表象する身体性のある舞台の文脈とはすれ違っている。しかし、まったく違うからこそ、この作品の女性たちの身体は、現代の問題を別の文脈のなかで穿つ力をもっているのではないか。多様性とPCのなかで勢いを削がれたものではなく、身体性の強さと寛容さにおいて。
(舞台批評)







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