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評者◆殿島三紀
意外な結末が与える衝撃――監督 ファティ・アキン『女は二度決断する』
No.3349 ・ 2018年04月28日




■『馬を放つ』『ラッキー』『ダンガル』などを観た。
 『馬を放つ』。キルギス出身のアクタン・アリム・クバト監督作品。キルギスは中央アジアに位置し、標高5千メートルを超える天山山脈のふもとに広がる山岳と草原の国だ。雄大な自然は昔のままでも、少しずつ変わりつつあるキルギスの小さな村。そこに生きる純粋な男の姿を通じ、誇り高い騎馬民族の精神や文化的なアイデンティティを失いつつある時代を静かに問いかけてくる作品。監督が主演もこなし、その見事な騎乗ぶりはかつての匈奴の姿を髣髴させる。
 『ラッキー』。監督は本作がデビュー作となるジョン・キャロル・リンチ。90歳のハリー・ディーン・スタントンが主役のラッキー。最後の主演作となった。脚本は彼をモデルに当て書きされ、零戦の攻撃を受けたエピソードや天使のような微笑みの沖縄の少女の話などは実際の体験に基づいている。ラッキーは映画のエンディングと共に余韻を残しつつ消え、ハリーも実人生から去っていく。この符合が60年余の映画人生を送った俳優の人生そのもののようで感慨深い。合掌。
 『ダンガル』。ニテーシュ・ティワーリー監督のインド映画。最近、日本でもレスリングが話題になっているが、これはインドのお話。なんとも楽しいスポ根映画、それも実話である。主人公の一人ギータ選手はあの伊調馨選手とも闘ったインド・レスリング界の雄。女性差別の激しいインドで、世界大会での娘の優勝をめざす父親。その夢が姉妹をインドの希望の星にまで高めた。インドの「気合ダーッ!」が映画全篇に漲る。ちなみに、ダンガルとは「挑戦」という意味。
 今回紹介するのは『女は二度決断する』。ファティ・アキン監督作品である。トルコ人の夫と6歳の息子を爆弾テロで一瞬の内に奪われた妻。警察の捜査は、夫の出身国と経歴故に、悲嘆にくれる妻の胸をさらに抉るだけだ。舞台はハンブルク。自身トルコ移民の息子である監督はドイツで実際に起きたネオナチによる連続殺人事件を基に本作を作った。
 2000年からの7年間、NSU(国家社会主義地下活動)という極右グループがハンブルク、ミュンヘン、ニュルンベルクなどでトルコ人を含む9人の外国人とドイツ人の女性警察官1人を殺害する連続殺人事件を起こす。NSUはこの他にも2件の爆弾テロ、さらに活動資金調達のため銀行、郵便局での強盗事件を15件起こす。ネオナチによる連続テロとしては第二次世界大戦後、最悪の事件であった。犯人グループは2004年にトルコ人の商店が多い地区で800本の太い釘を詰めた手製の爆弾を爆発させ、22人に重軽傷を負わせたが、本作はこの事件を下地にしたものである。
 ドイツ警察はこの爆弾テロをトルコ人の犯罪組織内の抗争か麻薬売買をめぐるトラブル、あるいはトルコ人とクルド人との抗争と思い込んで捜査。ネオナチの存在を少しも疑うことすらなかったことが、彼らがその後も同様の事件を惹き起こす原因となった。
 本作を、一瞬で愛する者たちを奪われた女の決断の物語と見るか、誤解と偏見に満ちた警察や周囲への怒りとして見るか、外国人差別を根幹にした映画と見るか。振り返って、日本でも堂々と書店に置かれている近隣国に対するヘイト本やネット上で飛び交う悪口雑言を思い起こすか。いずれにせよガツンガツンとくる映画である。ドイツにはたくさんの外国人がいる。戦後、ドイツの復興を支える労働力としてやってきたトルコ人は多いし、監督もその孫世代にあたる。
 クールで知的な印象の強いダイアン・クルーガーが見せる底知れぬ悲しみと行動力。意外な結末が与える衝撃が観終わった後、いつまでもざわめきとして残る作品である。ファティ・アキン監督、またもや魅せてくれた。
(フリーライター)







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