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評者◆越田秀男
読み解くよりも「音」を聴け(西田勝)――文藝“別人”誌『扉のない鍵』創刊、多彩な表現の横断や越境めざす
No.3341 ・ 2018年03月03日




■ノーベル文学賞、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』は、臓器移植を目的として製造されたクローン人間達の生活を描いた作品で、TVドラマや劇にも取りあげられた。だが、TVドラマがクローン人間を権力や社会システムが産み出すなにものかの暗喩として捉えているのに対して、原作に出てくるクローン人間達は、自分の体が移植医療に供されることを宿命として受容しており、むしろ作者は、そんな特殊条件下で彼らがどんな行動をとるのか、そんな実験室めいた面白さ、特に主人公達の三角関係の成り行きに焦点が置かれているようにも思える。今回は虚構のおもしろさをあれこれ。
 三角関係は小説テーマの王道。『『グレコ』でグッバイ』(森美樹子/九州文學40号)は、半世紀近く前の男二人女三人の重層的な三角関係ドラマ。当時この渦中にいて、なぜかこれまで直接の面識がなかった男女が、時を経て、関係図絵の不明だった部分をメールで交換しあう。関係のカナメの青年は、劣悪な家庭環境に加え不治の病を抱えつつも、文学の才がズバ抜けており、母性・父性本能をかき立て男女を引き寄せた。結末は関係の糸が一つずつ切れていき、最後の糸、カフェ「グレコ」のオーナー夫人が彼を看取る。鋭く研ぎ澄まされた才は減衰し、母胎へと回帰していく様が、半世紀後の老人男女の衰えにコラボする。
 曾禰好忠の「由良のとを わたる舟人 かぢをたえ ゆくへもしらぬ 恋の道かな」の歌に導かれた三角関係ドラマが『ゆくへも知らぬ…』(岸本静江/槇40号)。舞台はフランス、日本絵画界のドンを巻き込む源氏物語絵巻の絢爛豪華な仕立て、その結末は「ゆくへもしらぬ」。ただ、好忠の歌の序詞だが、潮の流れの激しい河口で櫂を失って沖に流され、歌どころではない! 海上保安庁救難隊出動!
 親の子殺し、オカルト商法、ゼネコン談合、今時の悪をまとめて笑い飛ばす――『擬似的症候群』(小河原範夫/ガランス25号)。ギリギリ生活の母子家庭に性欲満足のため乗り込み結婚の約束も反故に。ん十年後、男は準ゼネコン常務執行役員まで上り詰め定年を迎える。自責の念が湧いてきた時、男が住む集合住宅の階上にオカマチックなのが入居、挨拶にやってきた……。人生、斜に構えてかわしながら生きてきた男が、突如正眼の構えでオカルトオカマと対決、みごと土俵下転落?
 TVでオス熊が母子の獲物を横取りするシーンを見た。人間以外にも浅猿しいのがいるんだ! オスでも、独居老人なら無害?――『青と黒と焦げ茶色の絵』(杉本雅史/風土17号)。息子を事故で亡くし、その妻が孫をつれて実家へ。残された夫婦に溝、妻が痴呆症状を発し入院。そんな時、パチキチで借金地獄の夫から逃げ出してきた母娘と昵懇になる……。タイトルの、娘が執着して描く絵が作品を解く鍵。父と暮らした町の海の風景であり、母は娘の想いを察する。一方老人は妻と正面から向き合っていなかったことに気づく。
 作品は“創る”から“写実”へ。重苦しくなりがちな認知症介護のテーマを優しく包む――『夜の客』(工藤勢律子/民主文学628号)。夜の客とは、認知症の母が夜飛び起きて誰か来たと思って玄関に行くことを繰り返す行為のことだ。それがやがて、かつて帰りの遅い娘を心配しての母の姿であったことに気づく。
 “書く”から“語る”へ――『火傷と筮竹』(たにみずき/蒼空22号)。孫娘が頭皮を火傷し、婆は自分の不注意と自責し頭髪が生えてこないのではと心配する。「筮竹」は盲いた易者のことで、村の信頼を得て溶け込んでいる。小説はやがて髪が生える兆候を示して終わるが、これだけの材料で心に染みる作品となるのは、語りの術といえる。
 この“語り”について、西田勝は太宰の『魚服記』を評するなかで《あらゆる「言語」による表現は「音」による》とまで言う(『言語アートとしての太宰治のかたり』/静岡近代文学32号)。作品を読み解くのではなく、音を聴くことで別世界が現れることを、読むと聴くの解釈の違いを突き合わせながら説得力をもって示している。
 文藝“別人”誌『扉のない鍵』(編集人‥江田浩司)創刊。《自由な創作と発想の場として、多彩な表現の横断や越境》を目指す。「一枚のおおきな扉は おお空に吊され 身じろぎもせず 時に微風にたじろぐ……」(『蛭化』生野毅)
(「風の森」同人)







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