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評者◆小嵐九八郎
よくぞ出してくれた――大庭萱朗編『田中小実昌ベスト・エッセイ』(本体九五〇円、ちくま文庫)
No.3340 ・ 2018年02月24日




■コミさん、こと田中小実昌さんが死んでこの二月で満一八年になる。未だ熱いファンがいると思うが、若者はどうかと考えるので記すと、一九二五年生まれ、そろそろ敗戦になる前の一九四四年暮れに招集されて中国へ引っ張られ弾丸の撃ち合いよりは苛酷な行軍や病や飢えで髪の毛も抜け、日本に帰ってきたら東大哲学科に入っていて、でも、ほとんど大学に通わず米軍のバーテン、ストリップの振付師、口上がほぼ必須の香具師、つまりテキ屋をやり、そのうち大学は中退してチャンドラーの翻訳をやり、御本人の話だと「『ポロポロ』で谷崎潤一郎賞が入ることが決まるとすかさず『香具師の旅』に収録された『浪曲師朝日丸の話』、『ミミのこと』で直木賞候補にされて賞が転がり込んだ」らしい。ちゃんとしていない作家の俺にちゃんとした作家で飲みに付き合ってくれたのは田中小実昌さんだけで、俺の住む川崎の遊郭跡の現役のその手の店へと一三回ぐらい足を運んでくれた。あるかなりの思想家は川崎の南町のその店に二時間半にて、ついにどんな店か解らなかったけれど、田中小実昌さんは店のガラス戸を開けるなり全て見抜いた。
 人格といっていいのか、俺の長い人生で若くして殺された革命家と並んで、広さ、深さ、羞恥心があり、芯において誠実だった。
 大作家を人格のあれこれで評するのは虚しいが、小説の中身もまた希有とゆうか、根の根を羞じらいを持って躊躇うゆえにきつい説き伏せる力と感激をよこした。『ポロポロ』に収録の「ポロポロ」は言説への疑いとそれを超えるなにかを父の信仰を軸に書いていて、腰を抜かしてやがて居住まいを正すしかない小説である。他の収録作品も戦争の徒労そのものを人間の悲しくも優しい心が……じわり。
 今度、よくぞ出してくれた、『田中小実昌ベスト・エッセイ』(大庭萱朗編、本体950円、ちくま文庫)が書店に並んだ。映画論、言語論、やくざ考、戦後二年後の本邦最初の全スト(『G線上のアリァ』)経緯ドキュメントと人間と歴史が面白く詰まっていて嬉しい。







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