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評者◆睡蓮みどり
過酷さのなかで見る夢――ワン・ビン監督『苦い銭』、ナナ・エクフティミシュヴィリ他監督『花咲くころ』
No.3337 ・ 2018年02月03日




■先日、とある映画同人誌の会合に顔を出した。1970年から続いている老舗の同人誌で、恐れ多くも私も昨年からベストテンを選出する一人として関わることになったのだ。老舗だけあって、平均年齢層も高い。来ていたメンバーの全員が60歳を超えている。それはさておき、2017年度の映画ベストテンがあちらこちらの企画で発表された。邦画、洋画の各ベストでは『花筐』(大林宣彦監督)、『ブラインド・マッサージ』(ロウ・イエ監督)といったところ。そして1月にしてすでに2018年度、個人的にベストテン入りするであろう二作品に出会ってしまった。
 まず一作目は、これまでも数々のドキュメンタリー映画を絶妙な距離感で作り続け、確実に評価されてきたワン・ビン(王兵)監督の最新作『苦い銭』。個人映画、という表現は改めていいと思う。最小限で、限りなく制約を受けずに映画を作る。本来的な意味でのインディペンデント(=独立した)映画の多くは、もはや商業映画の対極に位置する単なる低予算映画の意味合いになってしまい、そのように比較され並べられてしまえば当然立場としては苦しくなる。
 この作品はヴェネツィア国際映画祭でヒューマンライツ賞のほか、脚本賞を受賞している。もちろんドキュメンタリー映画で脚本賞受賞というのは異例中の異例だ。故郷を離れ、出稼ぎのために上海から西へ向かった湖州市の衣類加工工場で働く人々。彼らの生活に密着し紡ぎ出されていく。雲南からバスに乗り湖州へ向かう少女の顔には悲壮感はなく、共働きするも喧嘩の絶えない若い夫婦の理不尽で終わりの見えない言い争いには、男と女の永遠の溝は万国共通なのかと思わず唸ってしまう。仕事がうまくいかずに酒に逃げようとするのも一緒だ。
 ワン・ビンはカメラの向こう側から彼らを被写体として撮っているのではなく、自分自身が入り込んだそのなかで見て感じたものをそのまま伝えてくる。これまでも「距離感」を絶賛されてきた。執拗な質問もしなければ、あえて彼らを苛立たせる挑発も、同情することもない。カメラは本当にそこにあるのだろうかと、こちらが不思議に思ってしまうほどだ。彼らの過酷な労働環境は他人事であるはずもなく、安い労働賃金の上に成り立った中国製品を安く買う私たちの生活はその延長にあることを忘れてはならない。
 ワン・ビンの作品はそのことを戒めようとする圧力を持たない。私はそこに一番感動する。問題提起をすごい勢いで投げかけてきたり、自分の主張を声高にするようなことをしない。目の前の人たちと時折投げかけ交わす言葉、向こうから話しかけてくる彼らの態度によって、そこに息づくワン・ビンの存在を自然と感じる。そのことは観る者に対して、無言のうちにも深く語りかけてくるようにさえ感じるのだ。起こっていることはどんなに過酷でも、とても近いからこそ改まることもなく、垣間見える人々の仕草や表情から、他人事であることを決して許しはしないような力強さを感じる。
 ウディ・アレンの養女の告発も世界的なニュースになった。ハービー・ワインスティーンによるセクハラ騒動を皮切りに、ハリウッドだけでなく全世界で「#Me too運動」が広まっている。一方で、カトリーヌ・ドヌーヴやブリジット・バルドーなど大御所女優による「魔女裁判」「売名行為」だとする非難の声もある。こういったことの多くはケースバイケースとしか言いようがないし、それを何でもかんでも善悪、白黒つけるだけでは意味がない。しかし、告発する人間がいるということは、そこに、何らかの嫌な思いをした人がいるということには違いない。誰が正しいか、ではなく、何が嫌だったのか、という負の感情を理解しようとすることがとても大切なことだ。世界的にセクシャリティに対する意識、認識が変わるべき時代だとは思う。変わればいい。変わらなければ永遠に古い価値観が蔓延り続け、縛られ続ける。
 昨年、モーパッサンの『女の一生』(ステファヌ・ブリゼ監督、公開中)のリメイク版が公開された。時代背景や価値観が大きく異なるとはいえ、観ていてとても心苦しくなった。幸せとは何だろうか。今や結婚して子供を産んで育てることが女性の一番の幸せだという考えは一つの価値観としてはあるものの、必ずしもそうだとは思わなくなってきている人が増えてきたのも事実だ。幸せは何かと問われて即答することは難しいが、不幸とは何かを問われた時には、時代によって大きく左右されるものではないように思う。人がされて嫌だとか苦しいと感じることはそう大きく変化しない、むしろ普遍的なものである。
 さて、作品が素晴らしい以上、女性監督作、とあえて注釈をつけたいわけではないが、『花咲くころ in bloom』(ナナ・エクフティミシュヴィリ監督、ジモン・グロス監督、2月3日より岩波ホールほか全国公開)は、まさに今観るべき素晴らしい作品だった。1992年のグルジアの独立後の内戦における不安な情勢のなか、14歳のみずみずしい二人の少女の成長を描く。年若い彼女たちは、あどけなさの残る少女である一方で、厳しい環境のなかで自分たちを守るためにも大人にならざるをえない。誰かが守ってくれるほど生易しくないのだ。そんななかで少女たちはピアノに合わせ歌い、窓の下から聞こえてくる歌に耳を傾ける。そんな瞬間の煌めきに心を奪われないはずはない。
(女優・文筆家)







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