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評者◆睡蓮みどり
もっと繊細さのある世の中に生きたい――ライナー・ホルツェマー監督『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』
No.3334 ・ 2018年01月13日
■今、酷い筋肉痛である。何年かぶりにジムに行ったらこうなった。今までいかに運動をしてこなかったかを主張したいわけでもなんでもないのだが、年々代謝が落ちていくのに焦りがあると同時に、そこまで細くなくても別にいいのではないかという開き直りもあった。何をしても太らなかった20代前半にはない魅力を発揮できるのでは、とそういうときだけやけにポジティブになる。しかし、お腹が出るのはまずい。このまま放っておけば時間の問題だろう。〈そこまで細く〉なくとも、放っておいていいはずはない。モデルと違って役者は役によって体型は様々でいいわけだが、それも開き直りだ。問題なのは、これは絶対に着てみたい! と思った服が似合わないということだ。
そもそも私は決してお洒落な人間ではない。同じような服ばかり(自分のなかでは違うのだけど)持っている。心からお洒落だなと思うひとたちは、本当に見事に着ているものが似合っている。自分のことをよく知っているひとたちなのだろう。そして服自体のことも。その一着がどのように作られているのかということは普段なかなかお目にかかれるものではない。ベルギーのファッションデザイナー、ドリス・ヴァン・ノッテンの1年を追ったドキュメンタリー映画『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』には、洋服作りにおける貴重なプロセスやインスピレーションの源ともなる彼の私生活にいたるまで近寄りすぎず、ただし傍観することもなく、あくまでほどよい距離感で密着している。静かな生活のなかに、彼の作る服の繊細さや色彩感覚が、なるほど、こんなふうに刺激し合っているのか、と納得させられる。そこにふつふつとした激しさは潜んでいても、とても穏やかで包み込むような柔らかな温度がある。 ドリス・ヴァン・ノッテンは広告を一切打たず、自己資金だけで展開していく、インディペンデントなブランドである。服のデザインが、彼自身の生活と密接に結びついているからこそ、どんなに商業的に広げることができたとしてもそうはしない。そういう選択をする精神は、彼の服の細部に現れているように見受けられたし、彼の服を着たモデルたちがファッションショーのランウェイを歩く様は、華やかななかにもとても強い芯のようなものが確かにあって、観る者を釘付けにしてしまうのである。 さて、これまた余談であるが、先日パーソナル診断というものをやってみた。向いている職業に「すぐに飽きがくるので、芸能、芸術など非生産的な仕事が向いています」と書いてあった。嬉しいような嬉しくないような、なんとも言えない気持ちになったのだが、そうか、芸術というのは非生産的だったのか、と改めて思った。実用という言葉の無味乾燥さはどこか悲しい。いくらでもファストファッションが蔓延る世の中で、ドリス・ヴァン・ノッテンの服は繊細すぎるのかもしれない。しかしだからこそ、私は彼の作る服を着てみたいと思ったし、そのために今筋肉痛になっているのである。控えめなもの同士が組み合わさって、ぱっと目を引く思わぬ派手さを作り上げる。その魔法のようなデザインにすっかり心を奪われる。「私は完璧じゃない。そして創作とは、求めれば必ずやって来るものじゃない」という彼自身の言葉の静けさに胸を打たれた。 また先日『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』(マイケル・ロバーツ監督、bunkamuraル・シネマほか公開中)を観た。『セックス・アンド・ザ・シティ』のなかで強盗にバックを奪われながら、靴はお気に入りだから持っていかないでと叫ぶ、あのハイヒールのデザイナー、マノロ・ブラニクのドキュメンタリーである。彼の靴は確かに高級だが、セレブのためのただ高級な靴などでは決してなく「街のなかで高齢の女性がかっこよく履きこなしているのを見た時が嬉しかった」と語っていた言葉に彼の理想を垣間見る。マノロ・ブラニクの靴もまた、洗練された独創的なデザインで、見たら一度はあのハイヒールで駆け回ってみたいと思うだろう。 繊細さが実用の対極にあるわけではなく、重なりあう部分があるのだと信じているが、もう少し普段の生活のなかで、彼らのデザインから学ぶような、そういう繊細さを多くの人たちが持っていれば(自分を含め)、もう少し世の中は良くなるのではないかと思うのだが、とりあえずまずは似合う自分でいるために身体を鍛えることにする。 (女優・文筆家) |
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