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評者◆west32
孤独にて 皆の道拓く 男二人
黒澤明が描こうとした山本五十六――映画「トラ・トラ・トラ」制作の真実
谷光太郎
No.3333 ・ 2018年01月01日




■日本の近代に残る名前、山本五十六連合艦隊司令長官、黒澤明映画監督を取り上げて、黒澤監督が如何にして山本五十六長官を描こうとしたのか、いや自分と同じ悲劇の主人公として表現しようとしたのかが綴られる。
 著者にとっては、山本と黒澤は当に二重写しであるという論点で書き進められている。山本五十六は、士族の父が56歳の時に生まれ、海軍兵学校、海軍大学校を卒業後、アメリカのハーバード大学に留学した。航空隊副長を経験したのち、米国大使館附武官として3年を過ごし、ロンドン軍縮会議にも出張している。国際派だ。このため米国との戦争をするべきではないということを良く自覚していた。しかし……当時の状況は彼の意見に反する方向に向かい、ついにはその戦争の緒戦ともいえる真珠湾攻撃を進めることに至る。自らの思いとは逆に陥るしかなかった山本五十六は、ある意味悲劇の主人公でもあったといえる。また山本は、海軍では航空重視をめざし、大鑑巨砲主義者の海軍当局の主流とも対峙したらしい。金だけでなく、人の技術が大切ということで自らが人を育成した。自分の考える真珠湾攻撃がもっとも的確であるという信念のうえで、着々と進めた。ただ現実の人事は他で行われ、自分が信頼できない現場指揮官によってその作戦は成功したが、完遂できたとは言えない状態であったらしい。その意味でも悲劇である。
 黒澤は、山本五十六の生涯を理解して、悲劇の主人公として描こうとしたのが映画「トラ・トラ・トラ」である。
 黒澤監督は、自分の芸術作品である映画に対して、偏執狂的に関わったようだ。良いシナリオを描くためには、自分の持てる能力を全力で使い、絞って絞ってその先に完成し、完成したものを再度見直し、更なる向上を図る。また絵コンテも本物、実際の写真にとるような形でつくり、現実のものに近づける。更には、撮影においては、俳優を本当の軍人、指揮官であるように扱い、気持ちの上でもその環境造りをする。美術面でも手抜きをしない。見えないから、写らないからと偽物を置くのはダメで、また手紙もしゃべるのは俳優の言葉だから白紙や他の文章を置くのは許さず、本物をと指示した。そこまでやるかと言うことだが、適当と言う言葉が彼の辞書にはなかったらしい。
 ただ映画「トラ・トラ・トラ」の撮影においては、黒澤のことを分かっているスタッフとは諸事情で離れ、少数の理解者だけで別な撮影チームとの作業であり、ましてや米国資本下での撮影ということで米国流の合理主義での撮影は難しかった。このため黒澤自身も苦悩し、結果として病気のため監督解任というように悲劇の主人公へと落ち込んで行く。
 山本五十六と黒澤明という孤独の中で自らの道を歩む二人を取り上げ、黒沢が山本を描きながら自分もまた山本に同化していったことを述べている。著者もまた山本、黒澤の両者に対する思い入れも強く、この本の中では何度も何度も同じような言葉が出てくる。その意味では著者もまた思い入れの中でのめり込んで行っているのではないだろうか。
 追記事項として、昨日たまたまBS放送で映画「トラ・トラ・トラ」をやっていた、黒澤抜きで完成したものだ。
 昔この映画を観たときには、難しいなぁ、もっと華々しいものを!って思っていたが、戦争スペクタクルはそれなりにあるが、日米双方の軍の上官や下士官、兵の苦悩が見えるものだった。ただ……私はこの映画を昔見たときのイメージで、山本五十六とは山村聡のように苦悩に満ちていてもどっしりとした人だと思っていた。もし山本五十六が本書に書かれているような孤独で、苦しみの中で周りとも戦った人なら、山村聡は確かにミスキャストだ。黒澤明が悲劇の主人公にぴったりの素人を使おうとしたのかがわかる。一方の戦争については、この時代の戦争とは本当に生の人と人との戦いという感じだ。今のイラクなどで行われた戦争のようにTVゲームのようなものではなく、またゲリラ戦やテロのような不気味なものではない。生身の人間の戦いというのが昔の戦争だったらしい。戦争の様態は変わってしまっているというのを感じさせてくれる映画だ。







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