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評者◆秋竜山
雨がふります 雨がふる、の巻
No.3330 ・ 2017年12月09日




■なんとも哀しい文章だ。藤原正彦『管見妄語 とんでもない奴』(新潮文庫、本体四九〇円)に、その文章があった。
 〈昼下りの波止場を考えながら歩いていると、食堂の屋根のスピーカーからラジオが聞こえてきた。「思い出の曲」というようなコーナーで司会者が女性からの手紙を読んでいた。彼女は小学生の頃、長く入院中の母親を毎日放課後に見舞っていた。そのたびに母親は「遊んでやれなくてごめんね」と何度もか細い声で謝っては童謡を歌ってくれた。退院しないまま母親は他界した。北原白秋作詞の「雨」だった。「雨がふります 雨がふる 遊びにゆきたし 傘はなし 紅緒の木履も緒が切れた」。もの哀しい調べがなぜか私の心に付着し、沁み入り、立ちつくしてしまった。最後の五番、「雨がふります 雨がふる 昼もふるふる 夜もふる 雨がふります 雨がふる」あたりで目頭が熱くなった。その日はずっと「雨」ばかり口ずさんでいた。〉(本書より)
 著者の藤原さんでなくても、目頭が熱くなる。文章は言葉であるから、文章の力というか、言葉の力というか。私は、「雨」という童謡は子供の頃よく口ずさんだものであった。その頃は、子供だったせいか、哀しい歌詞であることは感じたものの、それによって心にジーンとくるものもなかった。大人になっても、この歌詞が特別の哀しみをさそうこともなかった。ところが、本書のエピソードとしての母親と子供によって、別の「雨」という童謡になった。かつて、この童謡を口ずさんだものとはいえ、一番か二番ぐらいのもので、一番だけの時のほうが多かった。一番が有名過ぎるというか、「雨がふります 雨がふる 遊びにゆきたし 傘はなし 紅緒の木履も緒が切れた」で、この歌は終わっていても問題はないようにも思えたからである。当時は戦後のまずしい生活の中に降る雨であった。だから、この歌の詞がピッタリ心に響いたのだろうか。もっとも子供はそんなことを考えることもなかった。この「雨」は子供にうたわせて、大人たちがシンミリする歌であったかもしれない。
 本書の文章の中に歌詞の最後の五番がのっている。私は、子供の頃よりずっと、この五番の歌詞をしらなかった。「雨がふります 雨がふる 昼もふるふる 夜もふる 雨がふります 雨がふる」と、いう歌詞である。藤原さんは本書の中で〈最後の五番、あたりで目頭が熱くなった。その日はずっと「雨」ばかり口ずさんでいた。〉と、ある。なんだろう、この五番目の歌詞の哀しさは……。雨がふる一日の情景をうたったものであり、雨というものは「ふる」という言葉だけですべてを語りつくすような気もしてくる。江戸川柳の「雨の降る日は天気が悪い」というのも、「たしかに、天気が悪い」と、いうものだし。「雨ふって地かたまる」という文句も、「たしかに、それはいえる」と、ナットクいくものである。
 近年、雨といえば大洪水である。雨の降る日は、「川に近づかないで下さい」と、警戒警報のスピーカーが鳴り響く。「この辺に川ってどこにあるんだ?」。道路は大洪水の川だった。







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