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評者◆『カウボーイ・サマー』を出版した前田将多氏
よりよく生きるために旅は必要。何かしたいと思ったら、一枚の手紙から始まる――元電通マンが、カナダの牧場に単身乗り込み、カウボーイとして過ごした八〇日間の記録
カウボーイ・サマー――8000エイカーの仕事場で
前田将多
No.3329 ・ 2017年12月02日




■コラムニストの前田将多氏が、『カウボーイ・サマー』を上梓した。前田氏の前職は電通のコピーライター。約一五年間勤めた同社を二〇一五年に退職。その夏に、カナダにある八千エイカー(東京ドームおよそ七〇〇個分)の牧場に単身乗り込み、カウボーイとして過ごした八〇日間の記録である。
 牛や馬の世話はもちろん、とにかく初めて尽くしの旅。フェンス修理、草を刈る、それをまとめるといっても規模が違う。「最初の衝撃は、ブランディング(仔牛に牧場の焼印をおすこと)。だって牛なんて触ったことありませんから。仔牛でもすごいパワーがある。暴れる牛を押さえつけるのはめちゃ怖かったけど、認められなければいけないというプレッシャーと、できないなりに一生懸命やっている姿は見せなければいけないという思いで臨みました」
 カウボーイへの入り口はカントリーミュージック。九〇年代に日本カントリーミュージック協会を設立し、その普及に努めた父親の影響だという。好きが高じて、大学はアメリカのウェスタン・ケンタッキー大学に進学。カントリーにどっぷり浸りながら、社会学やマスコミュニケーションの勉強にも励んだ。「あわよくば大学教授になりたい」という野望を胸に秘め、帰国後は大学院へ行くも中退。勉強したことが生かせる電通に入社した。
 それから十数年……。「ケンタッキー時代も、カウボーイのことに関して掘り下げて考えていなかった。ぼんやりした興味のままカントリーを聴き続け、ブーツをはき続け、「俺の前世はカウボーイ」と言っていたのですが、本当のカウボーイをよく知らないことに気付いた。これではカウボーイと言えない。これはカウボーイにならざるをえないという気持ちになったのです」
 とはいえカウボーイの知り合いはいない。一四年の初夏、ジーパン関連のHPに面白い記述を見つけた。
 「日本人初のプロのブルライダーである芝原仁一郎さんのロデオ日記。載っていたメールアドレスを頼りに、「カウボーイのことを詳しく知りたい」とコンタクトしてみると、アメリカで長年馬を育てていたウェスリー畠山さんを紹介してくれたのです」。実際、カリフォルニアで畠山氏と会い、牧場を紹介してくれるという約束を取り付けた。
 道のりは順風満帆に見えた。一五年四月に退職届を提出。満を持して畠山氏に紹介の件を尋ねると、干ばつなどの理由で「夏は無理」と予想外の返答。そこで思い出したのが、本書表紙に映る、カナダの現役カウボーイ、ジェイク糸川氏だった。その年の正月、引退した芝原氏が帰国。氏に誘われて行った先で、七年ぶりにたまたま帰国していたジェイク氏を紹介された。そんな、たった一度だけしか会ったことのない彼が、カウボーイになる夢を叶えてくれた。「彼との出会いは本当に奇跡」と改めて振り返る。
 出版社「旅と思索社」との出会いも偶然だった。みっちり手書きで日記をつけ、本を書くことを前提にした旅だったが、出版社のあてはなかった。初めて同社を知ったのは、産経新聞の「ひとり出版社」特集だった。「社名に惚れました。まさにこれは〝旅と思索〟の本だから」。原稿はすべて書き終えていた。しかし「僕は有名人でも、スタークリエイターでもない。どこの出版社も持ち込み原稿を求めていないのは分かっている」。そこで手に取ったのは、「とっておきの万年筆」。「会ったことのない人にお願い事をするときは、万年筆で手紙を書くことにしています」。そしてOKの返事がきた。
 実は牧場仕事の最終日、驚いたことがあった。普段はいない場所に、馬たちがまるで別れを惜しむかのように整列していたのだ。「お前らなんちゅうことしてくれんねん」。涙があふれた。「旅が間もなく終わることを残念に思いつつ、やっと終わるという気持ちもあった。いい出会いばかりだったという感謝の気持ちでいっぱいになった」
 「いまでもカウボーイをやりたいですか?」。帰国後に必ず訊かれた質問を改めて投げかけると、「牧場主だったらやりたい。雇われて働くのは自信がないです」と苦笑する。「終わりのない難しさ。明日は何もないから昼まで眠れるという日はなく、何をさせられるかも分からない。体力的、且つ精神的なきつさもありました」
 虚飾のない言葉に、人柄が出る。今回の旅にはさまざまなラッキーがあったと言うが、それは偶然ではない。人柄がすべてを引き寄せていたのだ。
 「僕は必ず長旅には本を持っていく」。瞑想の本、コーマック・マッカーシー『平原の町』、そして村上龍『69』を持参した。『69』は、電通の先輩で、同じく退職組の田中泰延氏から送られたものだ。前田氏に、あとがきの「退屈な連中に自分の笑い声を聞かせてやるための戦いは死ぬまで終わることがないだろう」という言葉を読んでほしかったがために。
 「よりよく生きるために旅は必要。そして何かしたいと思ったら、一枚の手紙から始まる」。そう話す前田氏の「笑い声」は、本書のなかで高らかに響いている。







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