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評者◆じょりんこ
自分もその享楽的な語りに参加したくなる
人生を狂わす名著50
三宅香帆著、今日マチ子絵
No.3329 ・ 2017年12月02日




■初めて社会人として働き始めたころ、会社や同業団体のお偉いさんが「最近の若者は本を読まないからダメだ」とか好き勝手言うのを何度か聞かされた。そういうおじさん(おじいさん)はだいたい自信たっぷりで、薦める本といえば孔子孟子か司馬遼太郎と相場が決まっていて、まあとにかくぼくは苦手だった。ビジネスや社会的成功が最初にあり、その正当化手段として本を位置付ける彼らにとって、『地下室の手記』や『判決』や『堕落論』や『斜陽』は、本のカテゴリーにすら入れてもらえないように思えた。
 「読書はいちばんの現実逃避法でした……めんどくさくて思い通りに行かなくて怖いことだらけの自分や現実と違って、本の世界は安全で、深くて、楽しい。(前文)」
 本書は京大大学院に在籍の女子大生が、自分の好きな本について語りまくった本。選書はSFやミステリからは距離を置いて文学中心、ただ恋愛成分は多めで、万人に受け入れられる感じ。
 内容は手を広げすぎずオススメポイントを絞り、とにかく好きだ好きだと言いまくるものだけど、キャッチコピーやタグを散りばめたり、フォントをこまめに切り替えたりして、間延びしないように工夫されている。特に「日常の幸せvs.憧れに向かう幸せ」とキャッチーな二項対立で読者を惹きつけるのが上手だなあと思った。
 この例はサンテグジュペリ『人間の大地』の書評で、一見どちらの幸せも正しいように思えるけど、なんとなく前者かな~? と思う。でも『人間の大地』で書かれる世界は、はっきりと、揺るぎなく、後者の価値観を表している。その強度はときに読者の人生をぐらりと揺るがすのだ。
 本書は高尚な文芸批評ではない。でも、好きな本について語るって、それ自体がどこか享楽的な感じがあるよなあと思う。「京大院生」で「書店員の女の子」というネームバリュー効果は感じなくもない(ぼくだってOBでなければ献本に応募しなかったかもしれない)けれど、バイヤールが言うように、本について語るというのは、結局のところ、自分について語るということである。
 著者や紹介される名著が示す価値観には同意できたりできなかったりするけど、どちらにせよこの本を読むと、自分もその享楽的な語りに参加したくなる。『グレートギャツビー』や『燃えよ剣』に出てくるような男のロマンを無邪気に讃える本書に、「イヤイヤ、オレは全然っ!!!そうは思わん!そんな幻想はまっぴらごめんだ!」なんて何時間も熱っぽく語りたくなるのだ。


選評:本を読むことは自ら孤独になることができる、貴重な時間だ。だけど、バルザックの格言ではないが、孤独がいいものだと語り合うことができる「読者」がいることも、たしかに一つの喜びかも。自分が読んだ本を自分の言葉で語る。単純な行為だが、実際にやってみると難しい。最初は単なる感想文に過ぎないかもしれないが、その思いがやがて「書評」となるだろう。
次選レビュアー:休蔵〈『地理 10月号』(古今書院)〉、uekkey1981〈『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』(朝日出版社)〉







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