書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆睡蓮みどり
映画を通して知るアジア――第30回東京国際映画祭から
No.3327 ・ 2017年11月18日




■先日行われた東京国際映画祭も今年で第30回を迎えた。六本木ヒルズにあるTOHOシネマズを中心に、231本もの映画が上映された。映画祭といっても、華やかな舞台挨拶やパーティーの裏でせっせと映画を観ているだけなので、地味なものである。今回は、日本で公開が決まっている映画以外のアジア映画を中心に観て回った。パーティー自体がそもそも苦手なので、そちらには参加しなかったが、ティーチイン等も積極的に行われており、作品への理解を深めるのに絶好の機会となった。またプレスや出演者、スタッフのためのラウンジが会場近くにあり、上映の合間にそこで監督や制作人たちと話すチャンスがある。一人で座っていると気さくに話しかけてくることも多く、そこでのやり取りは非常に興味深いものがあった。特に「ネクスト! 東南アジア」部門でのインドネシア作品『他者の言葉の物語』で長編デビューを果たしたプルバ・ヌガラ監督やプロデューサーたちとは、作品についてだけでなくインドネシアでの映画状況や日本映画の位置づけなど話をすることができ、貴重な機会となった。彼らも日本映画の現場を非常に興味深く思っているようで、質問は止まらない。あまり長時間話せなかったのが心残りだ。
 アジア圏の国々に数カ国しか行ったことがない私にとっては、映画を通して知る機会は非常にありがたい。情景だけでなく、音楽や言語も同時に入ってくるのは、写真から得る情報とはスピードが違う。アジア映画とひとくくりに言っても、大作からインディーズに近い形態で作られているものまで幅広いわけだが、しかしそうは言っても、日本の劇場でインディーズ系のアジア映画が観られる機会は決して多くはないのが現状だ。大作じゃない場合、ほとんどシネコンでかかることはないし、そもそもシネコンは増える一方で、ミニシアターが年々減っていっているのが現実だ。観る機会はどうしてもぐっと減ってしまう。せっかくの作品も上映の場所と機会がないと意味がない。安倍首相も「アートとエンターテインメントの調和」「クールジャパンの一翼を担う映画」と挨拶文を寄せており、小池都知事も今春に掲げられた「Tokyo Tokyo old meets new」という、海外に東京の魅力を発信するキャッチフレーズなるものを今回も強調していたが、そういった浮わついた言葉が、ますますエンターテイメントと〈それ以外〉の格差を際立たせてしまうようで、何ともしっくりこない面もある。今回会場となった六本木も好きな街の一つだが、「TOKYO」のイメージ作りにあるような上部の言葉に安易に当てはめてほしくはない。これはちょっと映画祭自体の話とはずれてしまうけれど。
さて、話を戻して、今回個人的にはカザフスタン映画の『スヴェタ』(ジャンナ・イサバエヴァ監督)と、インド映画『セクシー・ドゥルガ』(サナル・クマール・シャシダラン監督)を観られたことは大きな体験となった。両作とも非常に作家性が強いのが特徴だ。『スヴェタ』では、ろうあ者の工場で働くスヴェタという女性が主人公なのだが、自分の生活のためには手段を選ばずに平気で人を殺してしまう凄まじい悪女っぷりが、何とも非常に魅力的である。スリラーとしての描きかたではなく、あくまで日常の延長として彼女が身近な人々を巻き込んでいく勢いとパワーには、こちらも思わず押され気味になってしまう。言葉を発しない、手話で夫をなじるシーンなど本当に笑ってしまうくらい怖い。ストーリー展開は予想を超えるものではなかったが、ひとつひとつの言葉の力と生命力には何度もパンチを食らわせられる。残念ながら今回のコンペティションでは無冠ではあるが、是非とも日本での公開を期待する一作。
 『セクシー・ドゥルガ』は、北インド出身女性のドゥルガとムスリム男性のカビールの逃亡劇に、女神ドゥルガを祀った苦行の祭りのシーンが挿入され、二人のドゥルガという女性の対比を描いている。祭りのシーンはフックで皮を刺し身体を釣るという……ボディサスペンションが非常に痛そうである。そしてカップルが逃亡するのにヒッチハイクをした相手が悪かったのか、最初から最後まで彼らと危険な夜の道をともにすることになる。なぜ逃亡しているのか、二人の目的は何なのかがはっきりとは語られないまま、奇妙でサイケデリックな世界に乗り込んでしまう。ヘビメタがパンチの効いた、何ともインド映画らしからぬインド映画であることは間違いない。二人のドゥルガが一方では神として讃えられ、一方では性的対象として見られ危険と隣り合わせになる。このような手法で女性性を描くというのも新しい。一度観ると、他の監督作も観たくなる個性の強い作品だった。ちなみにロッテルダム国際映画祭タイガー・アワード受賞作品でもある。
 今回のグランプリには、近未来を描いたトルコ映画『グレイン』(セミフ・カプランオール監督)、審査員特別賞にはイタリア映画『ナポリ、輝きの陰で』(シルヴィア・ルーツィ、ルカ・ベッリーノ監督)、最優秀芸術貢献賞には中国映画『迫り来る嵐』(ドン・ユエ監督)、観客賞には日本映画の『勝手にふるえてろ』(大九明子監督)が選ばれた。上映作品も、過去のものも特集上映したり、アニメ映画も上映するなど、色々とバリエーション豊かなのもいいが、もう少し東京国際映画祭それ自体のカラーが出てくるといいのではないかと思う。
(女優・文筆家)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約