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評者◆秋竜山
セザンヌの丸かじりのリンゴ、の巻
No.3319 ・ 2017年09月16日




■記憶というものは、忘れてもしかたがないものと、忘れたら困るものがある。たいがいが忘れてしまう。昔、「忘却とは忘れ去ることなり……」とかいう名文句が連続ラジオドラマの冒頭で流れていたが、子供の私には何を意味しているのかわからなかったが、実に名調子の文句であると感じたものであった。「記憶というものは忘れ去ることなり……」も、考えようによっては名調子である。つごうの悪い記憶は忘れ去ることなりとは、これいかに、である。
 日本博学倶楽部『「名画の巨匠」謎解きガイド』(PHP文庫、本体七〇〇円)では、
 〈セザンヌはしばしば「一個のリンゴでパリ中をあっと言わせたい」と語っていた。果たしてその通り、セザンヌが描いたどこにでもあるポピュラーな果物は、パリ中どころか世界中を驚かせた。〉〈後期印象派の巨匠セザンヌの代表作のひとつに「リンゴとオレンジ」がある。一見ごくありふれた静物画に思えるのだが、よく見ると、なにかおかしい。それぞれの果物が、上から見たのか、視点が一定していないのだ。〉(本書より)
 を、読みながら頭の中に「自分のリンゴ」がポッとうかんだ。それも、子供の頃の丸かじりのリンゴのことであった。「アア。あの頃はリンゴも丸かじりができたなァ……」と、いうことである。と、いうことは、今は、そんな歯を持っていないということである。記憶の中でのリンゴの丸かじりであり、リンゴを一番おいしく食べることの記憶である。そして、子供の頃のリンゴといえば、美空ひばりちゃんが「リンゴ追分」を歌った。そして、「リンゴの歌」を、並木路子さんが歌い、「リンゴ村から」を、三橋美智也さんが歌った。忘れられない国民的流行歌であった。これは、まず、記憶から消えることはないだろう。セザンヌの名画におけるリンゴは、セザンヌの発見ではあるが、これはセザンヌだからゆるされる作品であるだろう。もし、無名の画家がこのような作品を描いたりしたら、どーだろうか。「子供の描いたものだ」と、相手にされないだろう。と、いうのも子供はこのような画を得意とするからである。「まさに、これはマンガである」なんていう批評家もいたりするだろう。
 セザンヌは絵を描くのにかなり筆が遅かったという。
 〈セザンヌは非常に筆が遅く、「花は枯れるから断念した」と語ったという逸話もあるほどだ。果物は、時間が経つと形を変えてしまう。その点、リンゴは簡単に手に入るし、しかも、長持ちする。じっくり観察しながら描くセザンヌにはピッタリの題材だったといえるだろう。〉(本書より)
 リンゴも時間がたてば、しなびてしまうだろう。もし、セザンヌが、しなびたリンゴを描いていたら、まさにセザンヌらしい作品となっただろうに。それとも、しなびたりする前に丸かじりしてしまい、そんな丸かじりのリンゴが一個でも描かれてあったら現実感があってよかっただろうに。セザンヌはリンゴを描いていなかった。理由として、描く前に全部食べてしまったらから、なんてのはどーだろうか。題して「記憶にないリンゴ」なんてのはどーだろうか。記憶という言葉も芸術になりえることだということである。







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