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評者◆睡蓮みどり
追悼 憧れよりも遠く、ジャンヌ・モロー――理想的な悪女だった
No.3316 ・ 2017年08月19日




■もしそんなに映画に詳しくないとしても、その名前を知らない人は日本でもほとんどいないのではないかというフランスの大女優ジャンヌ・モローが89歳で亡くなった。2012年の『家族の灯り』(マノエル・ド・オリヴェイラ監督)、『クロワッサンで朝食を』(イルマル・ラーグ監督)に出演した時はもう、しわしわでものすごい貫禄があったわけだが、並々ならぬ存在感で圧倒されたのはいうまでもない。クラウディア・カルディナーレと共演した『家族の灯り』では、オリヴェイラ監督自身も撮影時100歳を超えていたわけだし、あの独特な、この世のものではないような世界に堂々と存在していられるのは、他の女優ではなかなか難しいことなのではないだろうか。また、『クロワッサンで朝食を』で演じたフリーダという、気難しいが自由に生きる孤独な老女と重ねてしまったひとは多いだろう。2005年の『ぼくを葬る』(フランソワ・オゾン監督)でも、主人公の理解者として祖母を演じているが、時代に流されず自由に生きたという説得力は、それまでの彼女の人生があるからこそできるもので、とうてい「演技」には見えなかった。
 『死刑台のエレベーター』(ルイ・マル監督)、『突然炎のごとく』(フランソワ・トリュフォー監督)といった有名どころは、もちろんどうあがいても、いつ観ても傑作だ。若い時代の本当に美しい彼女がフィルムに焼き付けられ、観終わるとすっかりジャンヌ・モローの虜になっていたし、やはり美しいだけには留まらないパリジェンヌらしい毒気をより一層強く感じたのは『小間使の日記』(ルイス・ブニュエル監督)、『エヴァの匂い』(ジョセフ・ロージー監督)をあげたいが、個人的にはジャン・ジュネが原作、マルグリット・デュラスが脚本の『マドモワゼル』(トニー・リチャードソン監督)が一番彼女の悪魔的な美しさを刻んでいるように思う。陰気で、静かで、知的で、官能的な――フランス的要素をぐっと凝縮させたようなこの作品を、パリに長年憧れている私が嫌いなわけがない。ちなみに作家のデュラスとは親交があり、『ラマン/愛人』(ジャン=ジャック・アノー監督)ではナレーションを、『デュラス 愛の最終章』(ジョゼ・ダヤン監督)ではデュラス本人の役を演じている。監督のトニー・リチャードソンとこの作品をきっかけに恋に落ちて、監督は結婚していた女優のヴァネッサ・レッドグレイヴと離婚することになるのだが、演じたマドモワゼルのように、ときに冷酷で、静寂のうちに周りを破壊してしまうという印象は、成熟しきった、あの本質を一瞬で見抜いてしまいそうな力強い眼光ゆえに与えられる。ジャンヌ・モローという女優は決して優しい目をしていなかった。いつもどこか不機嫌なようにさえ見えて、不安になる。と同時に、何をも赦すような包容力がふっと香り、一瞬の笑顔にたちまち魅了される。ひとことで言えば、理想的な悪女だった。数多くの浮き名もささやかれたが、彼女と関係があった誰もがそのことを誇りに思っているだろう。「男はただ美しければいい」というまるで台詞のようなこの言葉は、何もかも自らの力で手にしたジャンヌ・モローだからこそ言える究極の言葉だ。何かを求めるのではなく、その存在を肯定する。真似して言ってみたいが、そうそう言えるものではない。さすが大女優は違うなと思わされる。

 ちょうど先日、仕事でパリを訪れた。訃報を聞いたのは帰国してすぐのことだった。パリは狭いので、彼女が住んでいたらしいアパートの辺りも通った。なんだか妙な気分になった。私にとってジャンヌ・モローという女優は、すでに歴史的人物という印象が強く、「好きな女優」に挙げるには偉人すぎた。憧れるよりも、もっとずっと遠いところにいた。彼女の出演した作品は130本を超えるというのだから驚きだ。ヌーヴェル・ヴァーグの恋人とも称された彼女が、本当に新しい波として、映画の歴史にどれだけ貢献したかは図り知れない。改めてその偉大さを噛みしめながら、ジャンヌ・モローの出演作を今夜も観ようと思う。
(女優)







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