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評者◆殿山三紀
誰も信用できない…… ブリランテ・メンドーサ監督『ローサは密告された』
No.3314 ・ 2017年08月05日




■『ヒトラーへの285枚の葉書』『パリ・オペラ座~夢を継ぐ者たち~』『台湾萬歳』等を観た。
 『ヒトラーへの285枚の葉書』。ドイツ人作家ハンス・ファラダが1946年にハンペル事件をもとに書き上げた長編『ベルリンに一人死す』(赤根洋子訳、みすず書房)が映画化された。監督はヴァンサン・ペレーズ。ハンス・ファラダはナチス時代「望ましからざる作家」の烙印を押されながらも亡命することなく、独裁体制の始まりから終わりまでをその目で見続けた作家だ。戦後、事件の秘密文書を入手し、自分自身の目で見た戦時の日常を織り込みながら本作を書き上げた。小説は長く日の目を見ることはなかったが、60年後に英訳され、英米でベストセラーになった。映画も英語である。北の戦線で一人息子を失い、ヒトラー政権に対して死を賭して抵抗した名もない労働者夫婦が主人公。感動作である。
 『パリ・オペラ座~夢を継ぐ者たち~』。バレエ・ドキュメンタリーに人生を捧げるマレーネ・イヨネスコ監督作品。ルイ14世に創設され356年にわたって世界中に愛され続けるバレエの殿堂パリ・オペラ座。その伝統のテクニックと心はどのようにして受け継がれてきたのか。バレエ好きは必見。
 『台湾萬歳』。酒井充子監督作品。台湾三部作の最終章である。前二作が変わりゆく台湾を老人たちの言葉を通して描いたものだとしたら、最終章では時代は変わっても台湾の海や大地に向き合いながら生きる人々が描かれる。何があっても変わらない台湾の芯のようなものを描き出した作品。日本統治時代という困難な時代を生き抜き、表立った恨みも持たず自然と共に暮らす老人たちにおのずと畏敬の念が湧き上がる。
 さて、今回紹介するのは『ローサは密告された』。監督はフィリピン映画界の鬼才ブリランテ・メンドーサ。フィリピン・マニラのサリサリストアが舞台である。サリサリというのはタガログ語で「なんでも」という意味、いってみればフィリピン版コンビニか。
 しかし、フィリピンという国は同じ東南アジアでもタイやベトナムとはかなり雰囲気が違う。フィリピンの女性は働き者だとか、みんな英語が上手だとかの話はよく聞くものの、その一方で貧困、スラム、麻薬というイメージも切り離せない。そういえば麻薬撲滅に取り組むこわもてのドゥテルテ大統領もいる。
 マニラのスラム街で夫とサリサリストアを経営するローサ。商品はスーパーから仕入れる。仕入れ価格は高いが、タバコなど1本からバラ売りするので僅かながらだが儲けは出る。客はまとまったものを買う金がないスラムの住人。ローサの一家も貧乏人の子沢山で米やタバコの販売という本業の他に少量の麻薬を扱っている。フィリピンの麻薬は敷居が低く、人々の間にかなり浸透しているということでもある。
 そんな状況を一掃すべくドゥテルテ大統領は就任直後から麻薬、薬物犯罪者の殺害を容認、報奨金などで奨励している。この殺害を担っているのが警察だ。警察では汚職も日常茶飯事。映画はローサたちが暮らすスラムの雑踏、逃走と追跡、金と暴力が支配する悪の巣窟・警察内部を執拗なカメラワークで追う。画面が揺れ、緊迫感漂うドキュメンタリータッチの映像だ。
 警察の悪事だけに目がいくが、警察官もまた月収2~3万円で暮らす低所得者。ローサだって日本でいえば昔ながらの商店街のおばちゃんが麻薬を販売しているようなもの。麻薬に関わらなければ生きていけない貧困こそ問題だ。大統領がいくら張り切っても今日もまたスラムの片隅でローサたちはヤクを売り、ジャンキーたちはなけなしの金を握りしめてサリサリストアにやってくる。フィリピン国内の麻薬中毒者は370万人。高崎市の人口とほぼ同じだ。
(フリーライター)







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