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評者◆睡蓮みどり
ハネムーンキラーズとハネムーン・キラーズ――ファブリス・ドゥ・ヴェルツ監督『地獄愛』、レナード・カッスル監督『ハネムーン・キラーズ』
No.3311 ・ 2017年07月15日




■ジャケ買いということを久しくしていないが、学生時代は割とディスクユニオンとか中古のCDを見に行くのが好きで、思えば音楽に詳しくないからこそ、あれこれと見て回れるのがよかった。古本屋に行く感覚と快楽の構造は似ているし、ネットサーフィンして音楽を聴いているときなんかも似通っている。ジャケ買いするときはだいたい可愛い女の子がジャケットのことが多かった。例えば、フランスのアイドルVICKY。瞳がなんだか妙に暗くて、加減によってはちょっとふてくされているように見えているのが強烈な印象だった。彼女とはちょっと違うタイプだけど、透き通るような、というかまるで死んでいる少女に無理矢理お化粧で血の気を与えたみたいな、ちょっと怖い美しさを持った美少女が、微笑んでいるのか怒っているのか何とも言えない表情でこっちを見ている。「ハネムーンキラーズ」というベルギーのバンドだった。彼女は紅一点のボーカルで、ヴェロニク・ヴィンセントという。とはいえ音楽の話はもうできない。未だにプログレとかパンクとかハウスとかの区別さえもよくわかっていなくて、覚える気がないのと本当にわからないのとで、バンドを語ろうものなら文句を言われても仕方がないので、これ以上このバンドについての有益な情報は書けない。実も蓋もないけれど聴くしかないですよ、気になったら、音楽は。 で、何を書こうかというと、映画よりも先に「ハネムーンキラーズ」というバンドを知ってしまって、好きになってしまったということだけ。1970年にレナード・カッスルによって映画化された伝説的なカルト映画『ハネムーン・キラーズ』がなんとリバイバル上映されたのだ。
 『変態村』(2004年)という映画がカンヌ国際映画祭の批評家週間に出品されてから話題になったベルギーの映画がある。その監督のファブリス・ドゥ・ヴェルツの最新作『地獄愛』がハネムーンキラーズを題材にしているのだ。バンドのほうじゃない、通称ロンリー・ハーツ・キラー事件。1940年代にアメリカで実際に起きた連続殺人事件で、結婚詐欺師のレイモンド・フェルナンデスと、マーサ・ベックのふたりのカップルが、20人以上の女性を殺害した事件だ。レイモンドが新聞欄で情報を得て、孤独で寂しい女性に近づき金品を騙しとる。姉または妹として紹介されたマーサとともに最終的には女性を殺してしまう。
 結婚詐欺といえば思い出したのが『夢売るふたり』(西川美和監督、2012年)。火事で自分たちの小料理屋を失った夫婦が共謀して複数の女たちからお金を借りるというもの。奪って殺すわけではない、あくまで本人たちは借りているつもり。阿部サダヲ演じる夫に身体までつかって女たちを夢中にさせる妻。冒頭では前向きで健気ですごく美人ではないけれど(と台詞があった)一生懸命な妻が、ひょんなことから夫が大金を持って帰ってきたのが、女から貰ったのだと知り態度が一変。松たか子演じる妻から溢れ出てきた嫉妬心と、嫉妬心がちょっとずつ彼女、ひいてはその夫を過剰にさせていく様が恐い。そのエスカレートしていく心理描写は本家(?)の『ハネムーン・キラーズ』が何と言っても一等後味が悪い。実際に巨漢だったマーサと毛の薄かったレイモンドのカップルの奇妙さと非情さは、恐いもの見たさでついついのめり込んでしまう、不気味な魅力がある。『地獄愛』はカルト的な面白みよりも、もっと主人公(マーサではなくグロリア)の嫉妬に狂う心理描写をしているし、良い意味で『ハネムーン・キラーズ』に引っ張られていないという印象だった。この事件を題材にした映画は『ロンリーハート』(トッド・ロビンソン監督、2006年)とか「深紅の愛 DEEP CRIMSON」(アルトゥーロ・リプスタイン監督、1996年)もあるけれど、エグさでいえばやはり『ハネムーン・キラーズ』なのだ。エグければいい、とは言わないが。
 最初、結婚詐欺の映画ということでディーン・フジオカ主演で現在公開中の『結婚』(西谷真一監督)に触れようかと思ったのだけど、予告編で観た気になってしまい満足してしまった。『クヒオ大佐』(吉田大八監督、2009年)も結婚詐欺師だけど、コメディ要素が強くて恐くはない。やはりマーサとレイモンドが金品を自分のものにするために女性たちを騙すという目的があるにもかかわらず、嫉妬心のほうが勝ってしまうとか、そういった極めて稚拙なところが興味深いのである。彼女・彼らがなぜそんなにも孤独なのか。想像するのは容易だ。しかし、一度想像すると得体の知れない、底なし沼のような闇にはまっていってしまいそうになる。何が孤独かをそこまではっきりと見せないことが一番恐ろしいことかもしれない。現実世界では彼らは電気椅子で処刑されてしまう。
 ちょっとだけ話は戻るけど、さっきも書いた通り、私はこのバンドのことに少しも詳しくなかった。映画を観てから何となく、引っ張り出してハネムーンキラーズのアルバムを聴いてみたのだけど、改めて、本当に変なアルバムだった。ボーカルのヴェロニクが歌っていない曲も結構あって。でもこのアルバムを持っていなかったら、もしかしたら映画も観ないままだったかもしれない。変な因果。
(女優)







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