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評者◆秋竜山
本を読むことは考えること、の巻
No.3310 ・ 2017年07月08日




■脳の最大の目的は「考える」ことであるだろう。すべて、考えることから脳は活動する。ヒトが考えることをやめてしまったらヒトでなくなってしまうだろう。その証拠に死んだ人は考えていないということだ。やすらかに眠ったような死体のそばに座って妻が、ポツリと「このヒトはいったい何を考えているんでしょうねぇ」と、いった。死んだ人は何も考えてはいないけど、ポツリと出たひとことであった。「まったく、お前は何を考えているんだ。すこしは身を入れて考えてみろ!!」なんて、いわれた昔のことを思い出したりする。「何も考えたりするな」と、いわれたり、「もっと考えてみろ」と、いわれたり、生きるということは、考えるということである。それは人だけにいえるのだろうか。犬にむかって、「もっと、犬なら犬らしくよく考えてみろ」なんて、犬にいって聞かせて、犬はどう思うだろうか。猫にだってそうである。「猫として、もっと考えてみてもいいのではないか」なんて、いったとして、猫はひとことも答えない。でも、ちょっと、悪そうなそぶりや顔つきになったりするように感ずる時がある。もしかすると、犬や猫にはわかっているのかもしれない。
 考えるというと、どうしてもロダンの考える人が頭に浮かんでしまう。そして、実際に上野へ行ってあのロダンの像のそばに行ってみると、なにやら考えているように見えてくるから不思議だ。なにを考えていることやら、というのが人の頭の中身である。女房子供の頭の中もわからない。自分以外、相手がなにを考えていることやら。「あなたって、私のことをちっとも考えてくれていないんだから……」と、女房にいわれたとして「馬鹿なにをいうんだ。毎日考えているんだ」と、いっても嘘くさい。
 河野通和『「考える人」は本を読む』(角川新書、本体八〇〇円)と、いう本。ニュアンスとして、わかるような気がする。本を読むということは、考えているから読むのであって、活字を追うということは考えることの好きな人ということになるのだろうか。活字とは考える力を要求する。なにも考えたくない時は考える力もなく、本など読む気はしないだろう。よく「本を読みなさい」と、いう。それは、よく考えなさいということか。本書ではタイトル通りに考えることにこだわって構成されている。〈Ⅰ読書を考える〉〈Ⅱ言葉を考える〉〈Ⅲ仕事を考える〉〈Ⅳ家族を考える〉〈Ⅴ社会を考える〉〈Ⅵ生と死を考える〉と、なっているのであるが、これらに関する本の紹介である。面白かったのは、〈Ⅳ家族を考える〉での、〈「秋山祐徳太子の母」秋山祐徳太子、新潮社〉であった。
 〈ともかくお母さんの胸のすくような言葉と個性が、圧倒的な魅力を放ちます。息子の成長を見守りながら、ここでそう言うか、と感嘆するような切れのいいセリフ。片親だからといって馬鹿にされようものなら、母は息子に言いました。「いいかい祐徳、たとえ負けようが、喧嘩しなくちゃならない時には、ちゃんと喧嘩するんだよ。」〉(本書より)
 「よく考えてみると私はまちがっていた」と、いうセリフが好きである。よくテレビなどで、やたらと頭を下げる人たちがいるが、彼らには「よく考えてみると」というのではなく、「全然考えなかったけど」というような考えのもとに頭を下げているのである。







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