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評者◆殿島三紀
ドイツにだって傑作コメディ映画があるのだ!――監督・脚本 マーレン・アデ『ありがとう、トニ・エルドマン』
No.3309 ・ 2017年07月01日




■『オリーブの樹は呼んでいる』『ローマ法王になる日まで』『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』を観た。
 『オリーブの樹は呼んでいる』。イシアル・ボジャイン監督。脚本はケン・ローチとの名コンビで知られる夫のポール・ラヴァーティ。彼が、樹齢2000年のオリーブが大地から引き抜かれ、販売されているという新聞記事を読んだことが映画誕生のきっかけとなった。エコ企業への皮肉も含め、不況下にあるスペインの現状をオリーブの巨木に託して描いた作品だ。
 『ローマ法王になる日まで』。ダニエーレ・ルケッティ監督。法王庁改革に取り組み貧しい人々に寄り添い、環境問題、人種差別、金融システムにも言及し、「ローリング・ストーン」誌の表紙をも飾った南米出身の初のローマ法王、フランシスコ1世の半生を描いた作品だ。アルゼンチン軍事独裁政権下での圧制、迫害が重要な背景になっている。宗教者にとどまらない若き日の苦難に人間法王を感じる。主演はゲバラの遠縁にあたるロドリゴ・デ・ラ・セルナである。
 『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』。ユン・ジェホ監督作品。家族のため1年間だけ出稼ぎをする筈だった北朝鮮女性Bが、中国の貧しい農村へ嫁として売り飛ばされて10年。中国と北朝鮮の家族を養うため脱北ブローカーとなる。北に残した息子たちを先に韓国へ行かせ、自らも脱北。陸路、タイ・ラオス・ミャンマーの国境が交わるゴールデン・トライアングルを抜け、バンコクを経て空路ソウルへ向かう苛酷な決死行だ。同行するカメラがリアルタイムで脱北を撮影する。衝撃のドキュメンタリー。
 今回紹介するのは『ありがとう、トニ・エルドマン』。ドイツのコメディである。自分勝手に描いたイメージでとやかく言ってはいけないが、ドイツ映画といえば重厚長大でしんねりむっつり、コメディとは縁遠いという感が。しかし、コメディとはいえ、おふざけの軽い演技でワッハッハーと笑わせはしない。ありがちなわざとらしさがなく普通でフラット。平熱のコメディである。
 第89回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、各国の映画誌が2016年の映画ベスト1に選んだ作品。カンヌ国際映画祭では賞こそ逃したものの「観客と批評家にとってのパルムドール」と大絶賛を浴びた。そんな次第で、俳優業引退を囁かれていたジャック・ニコルソンをハリウッドリメイク版に引っ張り出した作品だ。監督はマーレン・アデ。本作の主人公と同じくグローバル世代の30代女子。
 団塊の世代の父親とグローバル化された社会で生きる30代の娘イネスが主人公。父ならぬ身ではわからないが、父親なら誰でも娘のことが気になって仕方ないらしい。とはいえ、娘はそんな父親への不満やほろ苦い気持ちを抱え、チッと舌打ちしている。世界ほぼ共通のこの関係。だからこそ、数々の映画賞にも輝いたのだろう。悪ふざけばかりしている父とブカレストのコンサルタント会社で働く娘。世代はもちろん性格も正反対のこの父娘が織りなす、にんまりと可笑しい作品である。162分の上映時間中、ずっと口角が上がりっ放し。例えば、女子会で悲惨な週末自慢をするイネスが「私なんて父が何の連絡もなく現れたのよ。最悪!」と口走った途端、背後から長髪のかつらと出ッ歯の入れ歯をつけた父が。「はじめまして。私はトニ・エルドマンです」。ゲッ! 固まる娘。でも、ラストはしみじみ。危うい綱渡りをしながら、落ちそうで落ちない。下品にならない。脚本も俳優も良い。トニ・エルドマンのかつらと入れ歯はなんとかしてほしいが、父親とトニとの二役(?)を演じたペーター・ジモニシェックは上品と下品の間の綱渡りが実にうまい。
 マーレン・アデ。新時代のドイツ映画監督が現れた。
(フリーライター)







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