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評者◆睡蓮みどり
新世代の美少年たち――S・カンター監督『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン――世界一優雅な野獣』、G・A・グズムンドソン監督『ハートストーン』、M・ベロッキオ監督『甘き人生』
No.3309 ・ 2017年07月01日




■ひょんなことがあって、気がついたら救急車のなかだった。朦朧とする意識のなかで、まだ、死にたくはないと思った。何となく浮かんだ顔もあった。夢にしてはかなりの痛みがあったので、これが夢では割にあわないなとも思った。先日、急遽とある映画の同人誌に昨年のベストを書くことになって、観ていないままになっていた作品を観返す日々が続いた。時間になってしまい、途中まで観かけたDVDをそのまま一時停止にして出かけた。救急車に乗ったのはその帰りだった。もちろん予定していたわけじゃない。病院から戻ってくると、当たり前だが、そのままの画面で止まっていた。神妙な顔をした男が女に何かを話しかけようという瞬間だった。再生すると男はぼそぼそと喋り始めたが、それがいっそう私を暗い気持ちにさせた。いつから逆算して生きるようになったのか覚えていないが、頭が痛む度に、まだ死にたくないなと弱気になった。騒ぐと身体にさわりそうなので、胸のなかでおおいに叫んでみた。
 先日、不倫ドラマでヒットした『昼顔』(西谷弘監督、全国公開中)の映画版を観た。結末の詳細はここには書かないが、この不倫絶対悪のご時世にあって、勧善懲悪主義的な流れにはとても複雑な気持ちになった。そんなことにならなくても……せめて映画なんだから、と。そう、せめても映画なのだ。実話を元にしたストーリーが「感動」的な物語になりがちなのはまあ、致し方ないとしても、テレビ映画の限界というか、このご時世にせっかくこういう映画をやるならもうちょっとやって欲しかったというか。このままだと映画で表現できることもどんどん制約されていってしまうのではないかという不安が頭を過り、何だかちょっと弱気になった。何とも日本的な息苦しさを感じてしまったのだった。とまあ偉そうなことを並べながら、何を隠そう、北野先生(斎藤工)目当てだったのだからそのくらいの不服は言わせて欲しい。LOVE PSYCHEDELICOの主題歌はよかったのだけど。
 美貌と反骨精神でテンションを高めてくれたのはスティーヴン・カンター監督『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』(7月15日よりBunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館他公開)である。19歳で英国ロイヤル・バレエ団の史上最年少プリンシパルとなり、その後人気絶頂期に引退を発表したセルゲイ・ポルーニンのドキュメンタリー映画。恐ろしいほどに溢れ出てくる才能を前に、完全覚醒状態で画面を凝視していた。息をするのも忘れそうになるくらいに見蕩れていたわけだが、美しい彼の肉体に刻まれたタトゥーや傷跡、その肉体の奥に潜んだ骨の美しさを手でなぞってみたくなるような強烈な色気に頭がクラクラしてしまった。つまり彼のなかに潜んだ、いまにも爆発しそうな生命力がこちら側に向かってやってくるのを、どうあがいても止めることができないのだ。このような体験は非常に闘志をかき立てられる。本当に死んでいる場合じゃない。共謀罪に表面的に過剰反応して文句だけ言っている場合じゃない。彼のような圧倒的な力が世の中を変える力になるのだろうなという希望がわき上がってきた。1989年生まれ。
 美しい男の子たちの微妙な感情の揺れというものは、萩尾望都大先生の『トーマの心臓』をバイブルとする私にとっては他人事にできないテーマである。一時期の少年たちは、一時期の少女たちより圧倒的に美しい。グズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン監督の『ハートストーン』(7月15日より恵比寿ガーデンシネマ他公開)も、まさに少年たちの一番繊細な時期を切り取った傑作であることは間違いない。思春期が訪れないソール(バルドル・エイナルソン)、自身の性別に悩むクリスティアン(ブラーイル・ヒンリクソン)の友情は、アイスランドの広い漁村のなかでのびのびと育まれるどころか、広く隠れ蓑がない場所においてはより窮屈に彼らを追いつめる。美しい情景描写と彼らの苦悩には胸が締め付けられた。もともとは監督の実体験をベースにして描かれた物語だという。それにしてもどこに行っても、いつの時代も、それぞれの違いを許容できる時代って本当の意味で訪れるのだろうか。このふたりの美少年たちがどんなふうに生きていくのかわからないが、この作品が出来たこと自体が希望だろうか。
 日本映画だと子役がすごいと本当に言える映画は限られているように思ってきたのだったが、『ハートストーン』に続き、巨匠マルコ・ベロッキオの『甘き人生』(7月15日よりユーロスペース、有楽町スバル座他公開)に出てくる主人公マッシモの幼少期、少年期を演じたニコロ・カブラス、ダリオ・デル・ペーロもまたすばらしい演技力で圧倒された。ベロッキオ監督の近年の作品のなかでも群を抜いて素晴らしい。イタリア人ジャーナリストのマッシモ・グラメッリーニが書いて大ベストセラーとなった自伝的小説の映画化。かつて愛する母を失った苦しみとその苦悩を緻密に描いている。この作品の重厚感は、マッシモ同様に観る者に苦しみを与え、そしてふとした瞬間に安堵が訪れる。緊張していた筋肉が突然弛緩するような経験をもたらされた。明かりがついて、ああ、生きていたんだと実感させられたのだった。本当、死んでいる場合じゃない。
(女優)







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