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評者◆内堀弘
龍生書林の閉店――我を忘れた四十五年
No.3308 ・ 2017年06月24日




■某月某日。近代文学の専門古書店で知られる龍生書林が五月いっぱいで閉店した。とりわけて戦後文学書では抜きんでた店で、店主の大場啓志さんには『三島由紀夫・古本屋の書誌学』(1998年。ワイズ出版)という著書もある。
 私が初めて大場さんを知ったのは一九七〇年代も終わろうという頃だった。その日、近代文学書の入札会に『昏睡季節』という吉岡實の最初の詩集が出てきた。昭和15年に吉岡が召集を受けたとき、半ば形見のように自費出版したものだ。極稀本、いや、まだ神保町の店員だった私には、それが珍しいのかどうかも分からなかった。結果は、四十万円で龍生書林が落札した。その頃でも稀覯本といわれた宮澤賢治の『春と修羅』(大正13年)や中原中也の『山羊の歌』(昭和9年)よりも高い。一冊の詩集の落札値としては破格のものだった。
 後で知ったことだが、『昏睡季節』が古書市場に出たのはそれが初めてだった。今なら「検索」すれば、見たことのないものにもそれなりの客観性を探せるのかもしれない。だが、古本屋はやはり「勘と度胸」の仕事で、正義は自分の外側にではなく内側にあるものだと思いたい。あのとき、相場も何も定まらないものを、三十代の若手が突出した値でもぎ取っていった。会場の隅で私は興奮してそれを見ていた。
 何年か前、大場さんは『日本古書通信』に「記憶に残る本」という連載をした。これは五十回も続いた好エッセイで、読んでいるうちに、この人は歳や経験を重ねても、いやそれを重ねるほど、初めて目にするものには我を失うのだと知った。それがなんだか可笑しかった。閉店の挨拶状に「四十五年もの間」「実に楽しい時間を過ごすことができ」ましたとあって、こればかりは違いないと思った。
 そういえば、この連載のなかで、作家向田邦子の署名本は長い経験の中でも二冊しか見たことがないとあった。その二冊目が直木賞をとった『思い出トランプ』(署名がなければ千円程度の売価)の署名本で、古書目録に思い切って十万で載せた。すると十数人の方から注文が来て、さすがの大場さんも驚いたという。我を忘れるのはお客さんの方が一枚も二枚も上手らしい。







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