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評者◆睡蓮みどり
嘘を重ねて真実を――「石井輝男十三回忌特集上映」(@東京・渋谷シネマヴェーラ、6月16日まで)
No.3307 ・ 2017年06月17日




■おそらくいつの時代でも人々の苛立ちはずっとあって、満足できないひとたちはいたはずだし、そういう感情がなければ少なくとも芸術の分野で何かをしようなんてひとがいなかったように思う。ここ最近でもネットで流れているニュースと、テレビから流れてくるニュースの温度差を感じるし、ニュースだけではなくて、誰かと話をしていてもそれをひしひしと感じる。テレビには本当のことが流れているだろうという無意識の前提が恐ろしい。映画はどうせ作り物という人々の意識を逆手に取って、感覚が麻痺するくらいこれでもかと〈酷い〉ことを見せるというのは、一種の快感がある。言葉にまるで真実みがあるようなふりをして騙すのと、まるで嘘のような言葉を並べて真実をあぶりだそうとするならば、やはり私は後者でいたい。
 先日、渋谷シネマヴェーラで「石井輝男十三回忌特集上映」(6月16日まで)に行ってきた。石井輝男監督作品を観たのは何年ぶりかわからないくらい久しぶりで、最初もやっぱりヴェーラだったような気がする。『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』はDVD化できない問題作ではあるけれど、映画館では意外と上映される機会がある。やはりテレビ画面やパソコンで観るよりは、石井輝男作品を観るには圧倒的に映画館が向いていて、それは映画館自体がそもそも見世物小屋的な恐ろしさをもつ場所だからだと思う。あの独特なにおいとか、空気感と暗さが。
 「映画なんてものは休日にリラックスして観たい」と昔知り合いに言われてどうしても納得がいかなかった。映画の観方なんてひとそれぞれでいいわけなのだし、いちいち怒るようなことではないのだが、なんだかむっとしてしまって、そのひととは金輪際二度と映画の話をするのはやめようと心に誓ったのだった。今思い返すと、本当に心が狭い。だけど、同じようなことがあったらまたむっとすることだろう。
 久しぶりの石井輝男作品はやはり飛んでいた。血まみれ。裸がいっぱい。個人的に監督作には、いわゆるエログロ作品から先に入ってしまったので、高倉健主演の『網走番外地』(1965年~)シリーズが同じ監督だと知って驚いた。今はなき新東宝時代のエログロ娯楽作品を作り続けてきた後は、主に60年代に東映で撮るようになってからもその破壊力は増していると言っても過言ではない。
 またちょっと話はずれるけれど、どうしても日活映画やATG、フランス映画を好んで観てきてしまったせいで、あまり多く東映映画を観てきた記憶がない。代表的な作品の中には『飢餓海峡』(1965年、内田吐夢監督)、『人間の証明』(1977年、佐藤純彌監督)、『野生の証明』(1978年、佐藤純彌監督)など何度観ても素晴らしいと思う作品もあるが、東映映画自体が80年代以降のものしかほぼ観ていなくて、それも薬師丸ひろ子などアイドルが主演する『セーラー服と機関銃』(1981年、相米慎二監督)、『里見八犬伝』(1983年、深作欣二監督)、原田知世主演の『時をかける少女』(1983年、大林宣彦監督)、子供のときにテレビアニメで大好きだったアニメーション『メイプルタウン物語』(1986年)、宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』(1984年)、『天空の城ラピュタ』(1986年)、『魔女の宅急便』(1989年)と見事に偏って80年代で止まってしまっていたことに気づく。
さて、石井作品に話を戻すと『徳川いれずみ師 責め地獄』(1969年)は冒頭の残酷な処刑シーンからラストシーンに至るまで、主人公かと思っていた人間が途中で死亡することにはじまり、秩序なるものは皆無だ。この一貫していないカオスな状態は非常に興味深い。基本的にはスプラッターな描写が多い映像は苦手だった。ただもう、これだけたくさん生首も裸も出てくると、目を背けたいなんて言っていられない。ミヒャエル・ハネケとかラース・フォン・トリアー的な後味の悪さに比べたらむしろ爽快だ。最近の日本映画でいえば白石晃士監督の作品にはそのような種類の爽快さを感じる。あんなにめちゃくちゃな作品を作ることが許された時代が何とも羨ましくもある。
 『明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史』(1969年)にしても、実際の事件をドラマ仕立てにしたオムニバス作品だが、取り上げる作品によって明らかに熱量の違いがある。例えば「明治の毒婦」と呼ばれた高橋お伝をモデルにした章では、最初に結婚して難病にかかる夫・浪之介のシーンがやたらと長い。つまりドラマ自体のバランスよりも、崩れかかった顔の特殊メイクをしたシーンの描写にいかに力を入れているかが伝わってくる。土を綺麗にならすどころか、いきなり穴を掘って、そのうえに油をまいて燃やす(しかも堀った穴には意味がない)という、こんな比喩では生易しいかもしれないが、石井輝男ならではの〈奇行ぶり〉には誰にも真似できないダイナミズムを感じる。
 晩年は、遺作となった『盲獣vs.一寸法師』(2001年)など、石井プロダクションの制作で低予算ながらも意欲的に監督を続けた。つげ義春の漫画を忠実に映画化した『ねじ式』(1998年)は、原作ファンでもあるのでその忠実さには驚いたが、でも一番驚くのは、宮崎勤事件、オウム真理教の事件など実際の凶悪犯罪を描いたホラー映画『地獄』(1999年)のエンドロールである。これには感動せざるを得なかった。祈りを捧げている裸の女たちが延々映されるのだが、唖然というよりも神がかっていた。残虐シーンだけでなく、思わぬ想像力で破壊していく石井輝男という知的な怪人の、偏った世界はやっぱり物事をフラットに見るためにも人生に必要なのだ。
(女優)







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