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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻43
No.3307 ・ 2017年06月17日




■反安保法制のうねりを受けて

 井筒高雄は、2012年3月9日、大阪高等裁判所から出された「公民権停止3年、罰金50万円」の判決を、弁護士や支援者らとも相談して受け入れることにした。
 立候補場所を加古川以外に移せば、3年後の地方統一選挙(2015年4月)に「捲土重来」を期すことが可能となると考えたからである。
 しかし、前回ではそれを「苦渋の決断」と記したが、改めて井筒の心中を察すると、どうも盟友の井奥雅樹のように、冷静に「大人の決断」をしたわけではないように思われる。もちろん、高裁判決を受け入れるにあたって支援者に「地方政治の現場に早く復帰して地域の人々の役に立ちたい」と語ったのは本音であるが、いっぽうで「政治」、とりわけ「選挙」がもたらしてくれる「高揚感」が忘れがたく、「早く選挙がしたい」という「闘争心」が井筒の「苦渋の決断」の裏側にあったのではないか。
 というのも、高裁判決が出る1年前、ということは裁判をたたかっている真最中の2011年3月の名古屋市議選に応援に入ったのである。河村市長の友人からの依頼に乗ったのだった。
 候補者は斎藤実咲(当時31歳)。河村たかし市長が「市民税10%減税と議員報酬半減(年1600万円↓800万円)」を目玉政策に掲げて地域政党「減税日本」を立ち上げ、リコールによって実施されることになった選挙に、急遽擁立された女性タレントであった。
 直前の立候補による準備不足もあって、結果は定数2の3位と次点に泣いたが、同じ選挙区でトップ当選した同じ「減税日本」団長である則竹勅仁が、公約に反して「費用弁償」を受け取ったうえ、私的に流用した事実が発覚、責任をとり辞職をしたため、斎藤実咲は3か月後に繰り上げ当選。井筒は「市民派選挙お助けマン」としてなんとか面目を果たすことができた。
 もちろん係争中であり、有罪判決を受けたわけではないので、井筒が選挙応援に行くのは「違法」ではないが、ふつう公判中(それも選挙にからむ)であれば、他人の選挙であれ「謹慎」するのが「大人の対応」である。また、筆者が知る多くの事例からも、選挙違反で挙げられた人々は「もうこりごり」と選挙から遠ざかるのがほとんどである。にもかかわらず井筒は、あえて「火中に栗を求めた」。そこには選挙になると、他人のそれであっても燃えてしまう井筒の「性分」があったのではないか。
 ここが井筒高雄の“懲りない”というか“やんちゃで破天荒な”ところだが、またそれが“市民派上がり〓にはない井筒の人間的魅力と思われる。



 さて、井筒高雄は8年ぶりに東京へもどって妻子と暮らしながら、3年後の地方統一選挙に「捲土重来」を期すことになったが、またまた大きな転機が訪れ、進路の舵切りを迫られることになる。
 それは、円谷幸吉に憧れ自衛隊体育学校へ↓レンジャー隊員↓PKOに納得がいかず退官↓5年遅れの大学入学で教師をめざす↓阪神・淡路大震災でボランティア↓飲料水セールスマンから地方議員へ、というこれまでの「転進」を質的に超えるものだった。
 井筒は都内某区の区議選に照準をあわせて準備をすすめていたが、区議選の前年の2014年春あたりから、にわかに「中央政治」が大きく動きをみせる。
 第二次安倍政権は、「集団的自衛権」と「安保法制」をワンセットにして、ことあるごとに「国民の命と平和な暮らしを守り、国の存立を全うするために必要」「我が国を取り巻く安全保障環境が変化したために必要」「切れ目のない安全保障法制を整備するために必要」と繰り返すようになった。
 そんななか、同年の4月末に、井筒は、「赤旗日曜版」から、「かつてPKO法案に異議をとなえた元自衛官」としてインタビューをうける。どうせ「ベタ記事」だろうとジーパンにポロシャツのラフな格好で軽い気持ちで代々木の党本部へ出かけたが、元防衛官僚の小池清彦・加茂市長、民主党元副代表の岩国哲人らと共に写真入りで一面を大きく飾る。
 これがきっかけとなって、小さなものは小学校のPTA主催の勉強会から、大規模なものは日比谷野外音楽堂を埋め尽くす全国集会まで、月を追うごと日を追うごとに「元自衛官の本音が聞きたい」と呼ばれる回数がふえ、マスコミからも井筒の行動と発言が紹介されるようになった。
 ちなみに、大きな盛り上がりをみせた6月17日の日比谷の集会には、井筒も呼ばれて発言をしたが、それを4段写真入りで大きく扱った東京・中日新聞は、「集団的自衛権に反対デモ5000人」「強引さ怖い」「むちゃくちゃ」の見出しを掲げ、本文の冒頭で、「元自衛隊員の井筒高雄さんは『隊員を人殺しに加担させていいのか』と訴えた」と紹介した。
 その後も、井筒に対する各種集会への参加要請と、マスコミの露出はふえつづけ、2014年が暮れなんとするなか、いよいよ翌春の区議選出馬について最終的な決断を迫られた。その井筒の決断の背中を押したのは、年明け早々の父親の死だった。
 それについて、井筒は、後に東京新聞からインタビューをうけてこう語っている。
 「正月、普段は飲まない酒を飲み、その一週間後に心筋梗塞で倒れ、三週間後に亡くなりました。一日一日無駄に過ごさず、大事に生きることを教えられました。(略)父の死を機に、今、自分のなすべきことは何かと考えました。人生どこで終わるか分からない。悔いなく生きたい。安保法制反対の講演活動で全国を回るのは今しかできない。父の死であらためて決意しました。最後まで腹を決めさせてくれた父でした」(「〈家族のこと話そう〉父の言葉で腹くくった反安保法の元自衛官・井筒高雄さん」、2015年10月4日朝刊)
 たしかに選挙は三度のメシよりも大好きだが、それよりも「反安保法制」にはもっと闘争心が燃えたぎる。井筒は、かねてから打診されていた区議選の「後継指名」を正式に断わると、国論を二分する歴史的政治議論のうねりの中に「社会活動家」として身を投じる決断をしたのだった。
(本文敬称略)
(つづく)







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