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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻42
No.3306 ・ 2017年06月10日




■高裁判決を巡る苦渋の選択

 井筒高雄は、盟友の井奥雅樹とは違って、裁判をたたかいながら6月13日投票の加古川市議選に挑戦、前回よりも票を半分以下に激減させ、最下位から2位という惨敗を喫して議員の資格を失った。
 これについて、地元の同僚議員たちの評価はおおむね冷ややかだったが、中には井筒の落選を惜しむ声もあった。井筒とは初当選同期で、敵対する保守系会派に属しながら、井筒が呼びかけた「同期会」の結成・運営にともに汗をかき、しばしば井筒が一匹狼の市民派ゆえに孤立すると調停役を買ってでてくれた末澤正臣は、往時を次のように振り返る。
 末澤は、所属していた最大保守系会派「新政会」の決定に従って「議員辞職勧告」に賛成。田中康夫のある種ユニークな政治思考と井筒は近しいところがあるので、それに熱心に関わったことはいかにも井筒らしいが、「違法性の認識がなかった」ことについては、あまりにも「お粗末」で厳しい辞職勧告処分はいたしかたないと思ったからだ。
 その一方で、井筒が議席を失ってみると、井筒が会派(派閥)にとらわれない自由なスタンスで議員本来の役割を発揮、大製鉄会社の企業城下町で保守も革新もなれあいのぬるま湯にあった市議会政治に新風を吹き込んでくれた意義を改めて実感。そんな井筒だったからこそ、その後の井筒の活躍ぶりにも納得がいくという。
 井筒にとって厳しい審判となった市議選だったが、そのわずか1月たらず後の2011年7月25日、神戸地方裁判所からも、予想されていたことではあったが、厳しい審判が下された。「罰金50万円、公民権停止5年」の「有罪判決」であった。
 判決後に、加古川の支援者や関西の市民派議員らでつくられた「井筒議員を救援する会」の報告集会がもたれ、代表の中西とも子・大阪府箕面市会議員らが「チラシの郵送を手伝った市民2人を逮捕して取り調べたのは公訴権の乱用であり、しかもその市民らとの『共謀』だとした判決は不当だ」と訴え、井筒もそれに応える形で、あくまでも無罪を求め政治家として捲土重来を期して、敢然と高裁へ上告手続きをとったのである。
 井筒は収入の道を絶たれたため、落選後は井奥にも手伝ってもらい加古川を撤収して東京へ戻って、政治とは全く別の医療検査機関の派遣で食いつなぎ、東京と関西を往復しながら、裁判闘争を続けた。
 それから約8か月後の翌2012年3月9日、大阪高等裁判所から出されたのは、「公民権停止は3年に短縮」されたものの、過料は前回と同じく最高額の50万円のままの「有罪判決」だった。これに対して井筒は、弁護士や支援者らとも相談しながら悩みに悩んだ。
 悩んだ最大のポイントは、政治家としての復活を考えたときに、「最高裁への上告は果して最善の策なのか」であった。再び地方政治の現場に戻って地域の人々の役に立ちたいとの思いは変わらなかったが、もし最高裁に上告しても、過去の判例からして「完全無罪」は考えにくい。裁判費用もかかり支援者にも大きな負担をかけ続けることになる。
 仮に「前進」があったとしても、その可能性すら極めて薄いが「公民権停止3年」がせいぜいさらに半年ていど短縮されるぐらいであろう。しかも最高裁の判断がでるまでは早くても1年、2年はかかる。となると次回の加古川市議選(2014年6月)はもちろん断念し、早くても次々回の2018年6月まで待たねばならず、この先6年3か月のブランクは政治家としては余りにも大きい。ところが、高裁の「公民権停止3年」を受け入れて、立候補場所を加古川以外に移せば、地方統一選挙(2015年4月)に挑戦可能となり、復活のチャンスが3年も早く訪れることになる。
 そこで、井筒は「高裁判決を受け入れていったん矛を収める」苦渋の決断をし、以下の文面をもって支援者に理解をもとめたのである。
「(前略)神戸簡易裁判所(09年12月)↓神戸地方裁判断(11年07月)↓大阪高等裁判所(12年3月)と、判決内容においては全て、憲法、公選法・国際人権規約には抵触することはなく、合法との判断でした。そのうえで、市民との共謀も認定するあり様です。警察や検察での取り調べの実情や、6名の市民による法廷での証言は抹殺し、警察官の証言のみを認定するという状況は、司法ムラの限界と認識せざるを得ない衝撃でした。
 この判決を覆すことは、もはや裁判での取り組みよりも、国際人権規約に批准を、公選法の矛盾点の改正に向けた取り組みに、取り調べの全面可視化に、裁判において、証拠の全面開示を前提とした公判の原則を求め、あらゆる場を通じて、自分の体験をした情報発信をすることから、その活路を見出していきたいと思います。そして、すべての市民が不安を感じることなく、自由な政治活動を、選挙活動をできる仕組み作りに尽力をしていきたいと思います。(以下略)」
 なお文中の「国際人権規約批准云々」とは、同規約にある「何人もおそれを感じることのない選挙でないといけない」という文章に関わる問題提起であった。すなわち、日本の公選法は余りにも「やってはならない」規制が多すぎるため、民主主義の基礎である選挙に対して、多くの人々が参加を躊躇する結果を招いているのではないか? 公選法は「言論の自由」を阻害しているのではないか? 「怖いからしない」ではなく、積極的に挑戦する、その結果「認識不足」で「ルール違反」をしても、再チャレンジの余力を残して反省させる、そんな方向へ公選法を改正できないか?
 井筒と支援者たちは、この裁判を通じて、単に「法定外文書頒布」という形式事犯についての判断にとどまらず、「選挙と言論の自由」という民主主義の根幹にかかわる問題への判断を司法に求めたにもかかわらず、終始一貫して「触れずじまい」であった。
 この「司法の壁」を前に、井筒は「別の戦いの方法」を取るしかないとの苦渋の判断をし、支援者もそれを受け入れたのだった。
(本文敬称略)
(つづく)







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