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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻41
No.3305 ・ 2017年06月03日




■裁判闘争を巡って盟友と分岐
 井筒高雄の拘留と取り調べは、最長の23日に及んだ。
 担当の刑事には、あらかじめストーリーがあり、それ以外はいくら否定しても調書にはしてくれない。業を煮やした井筒は、「刑事さん、あんたの好きに調書をつくったらいいさ。そいつに署名押印してやるから」と捨て台詞をなげつけるところまで煮詰まった。結局、刑事が「本線」として狙った田中康夫から「運動員買収」のカネを受け取ったことは最後まで否認、また当初の逮捕容疑であった「法定外文書頒布」については、撒いたことは認めたものの、「それが違法であるとの認識はなかった」で押し通したが、弁護士の作戦もあり、略式裁判を受け入れ、23日の拘留期限が切れた日に垂水署から釈放された。すでに月は替わり、残暑から秋風が吹く10月に入っていた。
 「娑婆」に出てきた井筒は、この試練への対処法が盟友とは大きく違っていることをはじめて知った。突然の逮捕で、お互い情報交換ができず、共同作戦を練ることができなかったことが最大の原因ではあったが、後で振り返ると、仮にできていても二人の対処法は違ったままだったかもしれない。
 井奥のそれは「実をとる」作戦だった。ちなみに逮捕容疑の「公選法142条法定外文書頒布」は、過去の判例からも「罰金50万円以下、公民権停止5年以下」。罰金はともかく問題は公民権の停止期間で、最長の5年だと高砂市議選を2回スキップしなければならず、リターンマッチの可能性は大きく薄れる。そこで容疑を認めて、公民権停止期間を短縮してもらい、再選の道を探ろうというものである。
 これに対して、井筒はあくまでも容疑を否認、もちろん議員もやめずに裁判で無実を勝ち取り、市議としても生き残るという方針である。周囲では、井奥と同じ作戦を勧めるものもいたが、ハナからその気はなく拒絶。10月22日、井筒は神戸簡裁に正式裁判を請求、それを受けて事件の発端となった尼崎の県会議員をはじめ、関西を中心にした市民派議員の「応援団」も結成された。
 井奥も神戸簡裁に正式裁判を請求し、12月9日に神戸簡裁で両者の初公判が開かれたが、そこで二人の路線の違いは歴然とする。
 井奥は罪状認否で「軽率な行動だった」と述べた上で「高砂市議選は来年あるため、公民権停止5年ではその次も出られない。今一度、裁判官の判断を仰ぎたい」と情状酌量を求めたのに対して、井筒は「郵送したことは認めるが、公選法に違反する文書とは認識していなかった」と全面否認して司法との徹底抗戦の構えを明確にしたのである。
 一方で井筒は当の加古川市議会とも徹底抗戦する羽目になった。そもそも神戸製鋼の城下町で、保守はもちろん、革新系も同社には声を挙げられないなか、同社の煤煙問題を一匹狼の市民派として取り上げてきた経緯もあり、多くの市議たちは、井筒を責め立てる絶好の好機到来とばかり、政治倫理審査会を立ち上げると、「文書による厳重注意」「任期中の役職就任を認めない」措置を決定した上で、11月26日の議会で辞職勧告を仕掛けてきたのである。
 それには井筒も出席して「裁判はこれから。公選法違反と結論づけるのは早計だ」と反論するも、保守系、民主系、公明など4会派が「市民の不信を招き、市議会の名誉と品位を傷つけ、信用を失墜させた」として辞職勧告決議を提出。共産、市民ネットワークが「公選法による文書配布の規定は憲法の理念に反する疑いがある」「裁判の結果を見て判断すべき」などと主張して反対したものの賛成多数で可決された。
 翌2010年4月14日、最初に神戸地裁から判決が出されたのは、井奥に対してだった。「社会的責任をとる形で市議の職を自ら辞したことなど酌むべき事情もあり、公民権停止を3年に短縮するのが相当」という内容で、前年の議員辞職が裁判官の心証に影響したことは間違いなかった。これによって井奥の再選の道は大きく開かれ、この年の9月の選挙は見送らざるを得なかったものの、4年後の2014年には最下位から3番目ながら復帰を果たすことができた。
 一方、井筒には公判が続くなか、6月13日投票の加古川市議選が近づいていた。もちろん井筒は三選をめざして立候補の意思を固めていたが、初回は「後継」に指名してくれ、前回も選対責任者を務めてくれた元市議の打田末次から「待った」がかかった。しかしそれに従わなかったため一部の支援者が離れ、「公判中のグレーな候補者」というイメージがダメージとなって、8年前の初陣よりも千票、4年前の前回よりも2千票近く票を減らした1441票の「ブービー落選」という厳しい洗礼を受けたのだった。
 ここで井筒と井奥の市民派コンビは明暗がはっきりわかれた恰好になったが、だからといって二人の関係が断絶したわけではなかった。市民派議員でも考えがいろいろあり、周辺で「こうすべきだ」「ああすべきだ」と介入してくるのに2人は閉口させられたが、当人たちはそれぞれのキャラクターを生かした戦い方を粛々と進めただけで、たとえれば井筒は一発逆転のホームラン狙い、井奥は犠打を重ねて点を取りにいく戦い方で、逆はありえなかったことは当人たちも認めるところだった。
 先に釈放された井奥は携帯電話を押収されて連絡ができない苦労を体験していたので、井筒が釈放されると知ると垂水署まで迎えにいったのも、また落選した後の事務作業を井筒から依頼されて引き受けたのも、二人の関係が持続していることの証しであり、“市民派選挙お助けコンビ”は時に対立しながらも今も続いている。
 ただし、乞われれば選挙応援にも出かけていくが、往時の一連の騒動で「黄色でも突っ走ればいい」という考えから「法律の範囲でやれることをきちんとやる。市民の判断を信じる」という方向に転換したという。その上で、井奥は、井筒高雄名で「法定外文書」を作成頒布してしまったことについて、今なお残る後悔の念をこめてこういう。
 「今はネット選挙もあり、本番中にやれることも増えたが、当時は本番中にやれることがなく、有権者にちゃんと井筒の政治信条を伝えなければ(無所属なのになぜ政党候補を応援するのかを説明したい)という思いが(盟友の私だから)強すぎたのかもしれなかった」。
(本文敬称略)
(つづく)







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