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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻40
No.3304 ・ 2017年05月27日




■逮捕・拘留・取り調べ②
 大逆転の勝利に酔いしれたのも束の間、投開票からわずか10日ほどで突然、逮捕・拘留された井筒高雄は、刑事から厳しい取り調べを受けるなかで、どうも当局の狙いは“行動隊長”の井筒ではなく本線は別のところにある、つまり“大将”の首にあるのではないかと、疑わざるを得なかった。
 というのも、刑事の関心事は、井筒の逮捕容疑である「公職選挙法142条の法定外文書頒布違反」よりも、地元の選挙事務所を借りるにあたって井筒が田中康夫から渡された「準備金」にあったからだ。関西では不動産を借りるには家賃の一〇倍を超える保証金を積まされるのが一般的である。まして選挙事務所探しのような緊急事態の場合には、駆け引きの余地がほとんどなく、足元を見られて相当額の金を事前に用意しなければならない。その準備金について刑事は、票の取りまとめや、運動員への買収に使われたのではないかと、一方的な予断と筋書きをもって攻めてきたのである。
 もちろん井筒は身に覚えのないことなので突っぱねたが、刑事は納得せず、執拗な取り調べが続いた。おかげで、警察の初動の拘留期限としては最長の23日間も垂水署に留め置かれることになった。
 先に逮捕された井奥雅樹も、刑事から田中康夫との関係について的はずれな取り調べをうけたという。その中には、田中の指示を受けて、ウグイス(選挙カーにのってアナウンスをする女性たち)に街頭でのビラまきや、事務所での電話当番をさせたのではないかとの誘導的な質問があった。
 公選法上、ウグイスは規定の報酬で雇うことができるが、「仕事」の範囲はあくまでもアナウンスを超えてはならない。当選の翌日からウグイス嬢に対しても任意で聴取が行われていた。敵陣営が悪意でひっかけようと思えば、街頭で候補者に随伴しているウグイス嬢に対して、支援者のふりをして「ビラがほしいんだけど」と問いかけてそれを渡されれば、あるいはたまたま事務所で休憩しているときに電話に応対してしまえば、「運動員買収」という重大な違法行為とされる可能性がある。
 井筒と井奥の逮捕容疑である「法定外文書の頒布」のほうが、ウグイス嬢のビラ配布より違法度は重そうに思えるが、実際は逆である。逆どころか天と地ほどの違いがある。ここがベテラン弁護士ですら対処に悩む公選法の摩訶不思議なところなのだが、仮に前者で起訴され判決が確定すると、井筒と井奥が「50万円以下の罰金と5年以下の公民権停止(選挙に立候補できず、投票もできない)になるだけで、その罪が“大将”の田中康夫に及ぶことはない。ところがウグイス嬢がビラを撒いたら、事務所の意向をうけた運動員買収、つまりカネで運動員に重大な違法行為をさせたことになり、これが立証されれば、連座制が適用され立候補者は厳罰を受け、当選をしていたら失職を余儀なくされるのである。
 幸い、ウグイス嬢たちがその「言質」や「証拠」を取られることはなかったが、あきらかに「選挙の常識」の範囲を逸脱した無理筋の取り調べと言わざるをえず、裏をかえせば、警察と検察が田中康夫を何としても逮捕・失職させようとしていたことの証明であった。
 それにしても、なぜこれほどまでに警察と検察の追及は執拗だったのか?
 井筒たちの周辺では、歴史的な政権交代選挙の中でも話題の激戦区であった兵庫8区で、なんとしても「手柄」を挙げたいと兵庫県警が功をあせったとの噂がもっぱらだったが、井筒は理不尽極まりない取り調べのなかで、兵庫県警レベルを超えたもっと「高いところ」からの強い指示と意向を感じていた。
 一方、盟友の井奥は、当時を振り返って次のような興味深い「総括」をする。
 自分たちは、民主党による政権交代に対する自公支持者の鬱屈した想いを十分に理解できず、勝利に酔いしれてその対策を講じなかった、そのために執拗な追及と手痛いしっぺ返しを受けたのではないか、というのである。
 選挙期間中に、「共闘関係」にあった辻元清美の選挙区でも、また井奥が市議をつとめる高砂市でも、地域の初老の男性たちが集まっては「政権交代必至」のマスコミ報道にグチをこぼしあっているのを目撃していた。その時は軽く聞き流してしまったが、後から思うと、地域の中の「世話係」として「世間=自民党」に奉仕してきた保守系支持者にとっては、「政権」とは「自民党(とそれを支える公明党)」しか考えられず、政権交代とはそれまでの自分の人生の全否定と同義であったに違いなかった。
 警察と検察の執拗な捜査と取り調べには、そうした街場に生きてきた人々の「ルサンチマンの世論」が背景にあったのではないか。それに対して、政権交代を仕掛けて見事果たした井筒や井奥たちの側には、高揚感に流されて、彼らの鬱屈した気分を理解する度量に欠けていたのかもしれない。
 もし、彼らのルサンチマンを察知していれば、戦い方も違っていたし、勝つにしても勝ち方が違っていたし、また勝った後の振る舞い方も違っていたのではないか。そうすれば、これほどの反撃をうけることはなかったのではないか。
 この井奥の指摘は、なぜ民主党政権はわずか3年3か月で瓦解してしまい、現在の安倍政権を生み出すことになったのかという、歴史的な政権交代劇の根源を問う「総括」にも通じる深い議論で、まことに興味深い。
 もちろん釈放された当初の井奥にそこまで醒めた見方ができたわけではなかったが、こうした現在の「総括」に至る「大人の政治判断」をすでにしていた。
 片や井筒高雄は、井奥が釈放されてからもしばらくは留置場に留め置かれ、厳しい取り調べのなかで、「正義はわれにあり」といよいよ熱い義憤にかられていた。刑事や検事が誘導する軍門へ唯々諾々と下るつもりはさらさらなく、徹底抗戦する決意を固めていた。
 かくしてこれまで共に手を携えてきた「市民派選挙お助けコンビ」だが、釈放された後は相反する立場をとり、それぞれ新たな試練に立ち向かうことになる。
(本文敬称略)
(つづく)







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