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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻39
No.3303 ・ 2017年05月20日




■逮捕・拘留・取り調べ①

 井筒高雄は盟友の井奥雅樹と共に田中康夫を支え、無我夢中の1か月で、大激戦を制して奇跡的ともいえる勝利をもたらした。井筒は記者会見をうける田中の脇にニコイチで立ちながら、望外の勝利に酔いしれたが、その余韻は数日しか続かなかった。
 天国から一転して地獄へ――その予兆はあった。選挙事務を手伝ってもらった女性から、警察に「任意同行の事情聴取」を求められているとの相談があったが、当人にも井筒にも身に覚えのないことなので、再促があったら自分も同行するからと放置しておいたところ、その女性がいきなり自宅で、しかも子どもたちの目の前で逮捕されたのである。時間を前後して、もう一人の選挙スタッフの男性にくわえて、事務方の事実上の責任者である井奥までもが、兵庫県警捜査2課に逮捕、拘留された。これは尋常ならざる事態であった。投開票日からわずか5日後の9月4日のことだった。
 いきなり「戦友」たちをもっていかれた井筒は事態の成り行きを計りかね、田中康夫を代表にいただく新党日本事務局に取り急ぎ相談をしたが、ただ混乱・狼狽するだけでさっぱり要領を得ない。
 そうこうするうちに、7日後、今度は当の井筒が9月定例議会中に初めての任意の聴取を受けると、加古川警察署で逮捕され、そのまま神戸・垂水警察署に拘留され、連日刑事から厳しい取り調べを受けることなった。容疑は井奥たちと同じく「公職選挙法142条違反」。
 取り調べの刑事によると、井筒は、選挙中盤の8月25日ごろ、小選挙区では兵庫8区と同10区、大阪10区にそれぞれ立候補した田中康夫、岡田康裕、辻元清美の3名を、近畿の比例には3名の所属政党へ投票するよう依頼する趣旨のチラシや冊子などを加古川市内の有権者数十人に送った疑いがあり、これが「公職選挙法142条の法定外文書頒布違反」にあたるというものだった。
 刑事に「違反の証拠」だとして見せられた文書は、発送前に内容を確認した井奥作成の次のような文面であった。

「政権交代をめざして衆議院選挙の応援に取り組んでいます。
 兵庫10区(加古川市、高砂市、稲美町、播磨町)岡田やすひろさん(民主党)
 兵庫8区(尼崎市)田中やすおさん(新党日本)
 大阪10区(高槻市、島本町)辻元清美さん(社民党)
 (略)私、井筒たかおは8月30日投票の衆議院議員選挙での、「選挙による政権交代」こそが日本の民主主義を正常にする道だと考えています。
 そこで、私個人的には上の3つの選挙応援活動に関わっています。
 3人の方々の政策資料も送付します。みなさんもぜひこの熱い選挙に参加していただければと思います。
 また、もしよろしければ、井筒たかおの事務所あてに上記選挙区の知人、友人を紹介いただければ幸いです。(以下略)」

 そもそもこれのどこが「違反」とされたのか?
 選挙期間中には、公職選挙法で定められた文書しか配布できない。ちなみに衆議院小選挙区の場合は、配布できるのは通常はがき3万5千枚、ビラ7万枚、マニフェストを記したパンフレット類だけである。逆にいうと、それ以外の文書を配布したら「法定外文書」として「違反」となる可能性があり、まさに上記の「案内文」がそれにあたるとされたのである。
 警察が「違反」の根拠としたのは、井筒にはその意図はなかったが、上記の「案内文」が「不特定多数に対する違法な投票依頼」となるからである。
 果たして、そうなのか? 井筒にはどうしても納得がいなかった。後に裁判でも争われることになるのだが、そもそもこの案内文は井筒の選挙応援の決意を表明しただけで、どこにも「誰それに入れてくれ」という投票依頼などしてないではないか。
 しかし、警察(後には検察)の理解は違う。直接的に具体的な選挙名や投票を依頼する文言が記載されていなくても、立候補予定者の選挙での得票を意図していると推認されれば、「投票依頼」とみなされるリスクを排除できず、過去にそう認定された事例もあるという。まさに「疑わしきは罰せよ」。井筒のケースは、個別の議員名と政党名、投開票日の8月30日が明記されており、これをもって特定の候補者に投票を呼びかけたとみなされたのである。
 もう一つの「違反」の構成要素は「不特定多数への配布」だが、これについても井筒はどうしても納得がいなかった。支援者の名簿をもとに送られたので、これは「特定への配布」で法律違反には当たらないのではないかと。
 ところが、これもまた警察・検察の理解は違う。公職選挙法では、不特定または多数の人に配る目的を持っていれば、たとえ1人にしか配布していなくても「頒布」に当たる。さらにその配布先が仮に「特定」の人であっても、彼が他の誰かに渡す可能性を排除できない。したがって、支援者名簿をつかって郵送しても、「不特定多数への頒布」にあたるという理屈である。そして、これも過去の判例があるのだという。
 思えば、投票日が近づくにつれ、選挙事務所には、冬柴陣営の支持者と思われる有権者から、「そっちから文書が届いたが、支持者でもないのに迷惑だ」といったクレームの電話が頻繁にかかるようになった。選対としては、むしろ勝負になってきた証しだとして意に解さなかったが、今になって考えると、それは「井筒高雄からの案内文書」が支持者以外の不特定多数にも回覧されてしまった証しだったのかもしれなかった。
 そもそも公職選挙法は、カネのある候補者が有利にならないよう公正かつ公平な選挙が行なわれる趣旨でつくられたはずだったが、しばしば逆に自由闊達な選挙を縛る結果をもたらし、またベテラン弁護士でも対応不能といわせるほどの「要取扱注意法律」であることを、井筒は過酷な取り調べの中で、つくづく思い知らされることになるのである。
(本文敬称略)
(つづく)







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