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評者◆睡蓮みどり
彼ら/わたしたちとは誰なのか――バリー・ジェンキンス監督『ムーンライト』、ジェフ・フォイヤージーク監督『作家、本当のJ.T.リロイ』、ヴォルフガング・ベッカー監督『僕とカミンスキーの旅』
No.3302 ・ 2017年05月06日




■DVDの延滞料ばかり払っている。今も黒い小さな手提げ袋が三つもある。二つは同じ店舗、一つは別の店舗だ。ゴミ出しができないのと、電車に必ず一本遅れるのと一緒だ。何とかなる、と思って何とかならない。そんなこんなで映画のチケットも直前で何とかなると思っていたら二回も満席でタイミングが合わなかったので、『ムーンライト』をようやく観てきた。
 これまでの歴史上で、LGBT映画として初のアカデミー賞作品賞を受賞した。自身がゲイであることに悩む主人公シャロンの少年期、思春期、成人期の三部構成で、セクシュアリティだけでなく、クラスメイトたちからのいじめ、母親のネグレクト、麻薬問題、と過酷な環境がシャロンを苦しめる。シャロンは友達のケヴィンに好意を抱いており、彼も一度は同じように心を通わせるのだが、ある事件がきっかけとなり彼らは離ればなれになってしまう。関係はありつつも、プラトニックな愛情に近い。黒人の子供が月の下で走り回っているとブルーに見えたという話を、子供の頃に麻薬の売人・フアンから聞いた。成長するにつれ過度に男らしく肉体を鍛え上げるシャロン。久しぶりの再会で、変わったことに驚きを覚えつつも、変わらずにひとりの人間としてケヴィンはシャロンを見つめていた。肉体はあくまで肉体でしかない。本来持っている他者への愛情を静かななかに浮かび上がらせる、とても純度の高い作品だった。
 肉体と自身がどこまで一致するのか/しないのかというのは、何も個人で完結するだけではない。自分自身を他者のなかに見つけ、創り上げてしまった人物もいる。作家ローラ・アルバートは、J.T.リロイにすべてを託した。まるで少女漫画から抜け出してきたかのような長めの金髪に、サングラスをした美少年リロイ。華奢な身体つきでミステリアスな雰囲気。『作家、本当のJ.T.リロイ』は、ポスターヴィジュアルの雰囲気からも公開前から楽しみにしていた。実際にはリロイという人物は存在しない。義妹をローラがコーディネートして作り上げた、いわば架空の人物。一九九九年に『サラ、神に背いた少年』がベストセラーとなってから、二〇〇五年に記者によってリロイがローラのアバターであることが暴露されるまで、なぜリロイという人物をローラは作り上げなければならなかったのか、本人の口から語られる。ローラは自身の容姿にコンプレックスがあっただけでもなければ、世間を騙すことを密かに楽しむためにリロイを作り上げたわけでもない。肉体と精神の一致しなさは、自身の肉体改造で完結せず、むしろ自分の肉体の外に見いだすことで自己というものがよりくっきりと輪郭をもつこともある。彼らにとっての自然な情況であり、ローラとリロイとを詐欺師呼ばわりするなんて本当にナンセンス。このドキュメンタリーを観たらすっかりローラとリロイのファンになってしまうし、改めてローラのプロデューサー能力の高さには驚かされる。何より、美少年に騙されたいという素敵な願望も満たしてくれる作品なのだ。
 騙し騙されを繰り広げる、奇妙な友情ロードームービーが『僕とカミンスキーの旅』だ。盲目の天才画家カミンスキー八五歳と、彼の自叙伝を出版すべく策略をたてる美術評論家のゼバスティアン三一歳。死んだと思っていた過去のミューズ・テレーゼが生きていることをゼバスティアンから聞かされ、会いたい一心で旅をすることになったふたり。ちぐはぐな会話のなかから可笑しみと、その根にある深い情が現れる。カミンスキーは本当に盲目であるのか、それは一つの重要な問題だったはずだが、旅をするなかで本当に大切なものは何かにゼバスティアンは気づき始める。ピカソをはじめとして実在する二〇世紀の偉人たち、ダリ、ウォーホル、ビートルズなどの名前が登場し、カミンスキーという〈架空の画家〉の偉大さと怪しさに翻弄される。
 彼らとは一体何者なのか。私たちとは一体何者なのか。それを定義するよりも、彼ら/私たちが何者でもない個人であることを思った。
(女優)







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