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評者◆三浦衛氏インタビュー
『石巻片影』を出版した
石巻片影
三浦衛著、橋本照嵩写真
No.3301 ・ 2017年04月29日




■横浜の出版社・春風社代表の三浦衛氏が、昨年の詩集『カメレオン』に続く五冊目の著作『石巻片影』を上梓した。石巻かほく新聞に二〇一五年二月七日から一二月一二日にわたり掲載された「橋本照嵩さん写真集『石巻2011.3.27~2014.5.29』紙上展」の書籍化である。同写真集は、タイトルからも分かるとおり東日本大震災直後から三年間の石巻の様子を捉えたもの。同地出身の橋本氏が選んだ写真に、編集を務めた三浦氏がテキストを添えた四一回の連載だ。
 「石巻を訪ねたこともある。石巻から湧いて出てきたような橋本さんとの付き合いも長い。だから何か書けるだろうと軽く考えて、新聞社からの依頼を受けたのですが、徐々に苦しくなった」と胸の内を明かす。「震災に見舞われた石巻の写真を見る。しかし、俺は現地で被災していない。この『現地で』の言葉が気になっていた。それはどういうことなのか」という自問に苛まれた。そんな袋小路に風穴を開けたのは、T・S・エリオットや聖書など古今東西の言葉たちだった。
 「写真を見て俺がどう感じるかではない。時間によって洗われてきた言葉、その実質が大事だと思った。俺の地の文なんかどうでもいい。千年に一度の天災が起きても、時間の波をくぐり、もまれてきた言葉たちまで価値なきものになったわけではない」
 橋本氏の写真には特徴がある。震災の爪痕よりも、そこにいる人々の顔にファインダーが向けられていることだ。「橋本さんの写真は、震災の〝記憶〟に迫るもの。その写真に対して、テキストはどこまでいっても単なる言葉にすぎない。しかし、例えば「いま雪が降っている。なんの意味があります?」(『三人姉妹』)というチェーホフの言葉。これは決して古びない。いつだって新しい」
 確かに「現地で」被災はしていない。しかし、「被災地で何が起きているのか。写真を通じていかに共感しどこまでアプローチできるか。理解の方法を探りたい。理解したいという気持ちが強かった」。各回に引用される先人たちの言葉が、その願いの礎となった。
 「震災が起きて、津波で家を流され、泥だらけになりながらも、お茶を点てて飲む人がいる。次の日からすぐにいつもの暮らしが始まったことを思い知らされる」。思い浮かべていたのは、教育者の斎藤喜博と演出家の竹内敏晴のことだった。
 「僕はかつて高校教師をしていました。学校が荒れていた時期です。斎藤さんの本にどれだけ勇気づけられたか。斎藤さんは、授業とは、人類の遺産を子どもたちに渡すことだと定義していた。文化という言葉はあまり使いたくないが、合唱やマット運動や行進に力を入れていた斎藤さんにとって、文化とは言葉だけの問題ではなく、切実に身体的なものも含んでいたはず」。暮らしとは徹頭徹尾身体的なもので、例えば世界文化遺産ばかりが文化ではないだろう。この当たり前の事実に目を向ける必要があるのではないかと厳しく問うている。
 「被写体のからだを〝写す〟こと。歯を見せて呵々大笑している女性のようにあらん限り口を開けて笑い、体育館で三角座りをしている少女のように座るとどう感じるか。膝を絞るのと開くのとでは空気感が変わり、感じ方もさまざまに変わる。この方法を、僕は勝手に竹内(敏晴)流だと思っています。人のからだを〝写す〟というのは比喩ではなく、そういうふうに実際にやってみる。そのとき言葉が湧いてくる」
 帯の背にひっそりと「我が言ならず」という言葉が記されている。カバーにも表紙にも本文にも登場しない。これは、キリスト教思想家・新井奥 (一八四六~一九二二)の言葉である。
 「奥 は宮城県出身で被災地との関係もある。この本を“書かせてもらった”という輪郭が、この言葉を配置することではっきりした。奥 のキーワードに「日用常行」がある。掃除や洗濯などの行いが重要ということ。先ほど述べたいつもの暮らしの光景がまさに「日用常行」です」
 学術は、一見「暮らし」とは無関係な代物と思われがちだ。中でも人文学は、格付け評価を前に風前の灯火である。しかし、「真に価値ある言葉や本というものは、格付けの物差しを作る人の人生を超えるもの」と語気を強める。
 学術出版社の代表としての自負もある。「学術書を出している出版社として、震災のことを抜きに語れない。震災とどう向き合っているのかを常に問われていると思っている。専門領域だけに閉じこもるのではなく、二回り、三回り外へ出て行くこと。それを本書で実践したかった」
 友人の映画作家・大嶋拓氏が、自身のブログに本書の書評を寄せた。震災の恐怖に脅え、さまざまな情報を遮断してきた大嶋氏にとって本書はいわば「踏み絵」だった。しかしページをめくることで、ようやく現実に向き合えるようになったと綴っている。そして石巻の人が感銘を持って読んでくれたことも知った。「的外れでなければいいがと思っていたのですが、本当にありがたいことです」と感謝の思いをかみしめた。







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