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評者◆睡蓮みどり
とても幸福なおんなたち――サイモン・アバウド監督『マイ ビューティフル ガーデン』ほか
No.3300 ・ 2017年04月22日




■つい最近、文筆家の森下くるみさんとの「聖なる悪女の覚え書き」という連載が、映画好きによる映画好きのためのウェブマガジン「Cinefil」で始まったこともあり、先日、下北沢B&Bで本紙の編集長・須藤巧さんに司会をしていただき「悪女について」語ってきた。悪女というのはなかなか定義がしづらいもので、時代によってもその像が変わりゆく、あるいは変わらない様が興味深い。森下さんと私の間にも悪女に対する認識のズレがあるからこそ、語りがいがある。そんなことで最近は悪女映画ばかり漁るように観てきたのだったが、ちょうど曽根中生監督の『天使のはらわた 赤い教室』(1979)を取り上げたこともあり、石井隆の『名美』の漫画を読み返した。するとそこに掲載されていたインタビューのなかに、石井隆がロマン・ポランスキーの『反撥』(1965)が好きだと語っている文面を発見して嬉しくなった。ちょうど森下さんと『反撥』について語った直後に『赤い教室』を取り上げていたからだ。偶然とはいえ、なるほどと思った。フェティシズムと悲運な女性に感じるエロスを正しく表現できるという意味では、石井隆とポランスキーの右に出る者はいないのではないだろうか。今回は、悲運の逆をいく女性たちが主人公の3作品を取り上げる。
 パク・チャヌク監督の『お嬢さん』、これはどうあがいても傑作であることは間違いない。平日夕方でほぼ満席。観ないと本当にもったいない。2017年度はこの映画をなくしては語れない。大富豪のお嬢さんである秀子(キム・ミニ)と侍女のスッキ(キム・テリ)、ふたりの主演女優は特に良い。最初は拙い日本語が奇妙にも感じられたが、そんなことは全く気にならなくなっていく。官能的なシーンが多々あるのだが、ベッドシーンよりも何よりも、男たちの前でお嬢さんが卑猥な本を朗読するシーンでは、妄想力を刺激され思わず声をあげそうになった。またレズシーンは『アデル、ブルーは熱い色』(2013)に次ぐ幸福感に満ちて、かつ官能的な密度も高い。パク・チャヌクのなかで個人的には一番好きかもしれない。莫大な財産を狙ってお嬢さんと詐欺師、詐欺師の仲間である侍女と大富豪の叔父による騙し合いが繰り広げられるのだが、ここまで圧倒的に騙されるというのは一種の快楽だ。
 J・F・ケネディの暗殺から彼の葬儀をどう取り仕切り、どう歴史に刻み付けたのかをジャクリーン・ケネディの視点から描いた『ジャッキー』は、実に見事にナタリー・ポートマンの演技力が全てをかっさらっていく。発声の仕方も意識してジャクリーンを研究したというだけある。これは凄い。ただ、あの「悪女のジャッキー」はどこにいってしまったのだ、と思いつつ。毒味は少し足りないが、しっかり作られており見応えがある。ケネディ役の俳優も確かにケネディに似ているのだが、ナタリー・ポートマンの存在感でいい具合に影が薄かった。映画としてはその演出は成功だろう。ピノチェト独裁政権の是非を問い、国民投票反対派の様を描いた『NO』を撮ったチリ期待の新星パブロ・ラライン監督の作品というのも期待していた理由のひとつだった。
 『マイ ビューティフル ガーデン』はあまりコミュニケーション能力が高くない不器用な女性ベラ(ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ)が、ガーデニングを通して隣人たちと心を通わせていくカラフルでハートフルな作品。監督のサイモン・アバウドはCM業界からキャリアをスタートさせたという。こぢんまりはしているものの、衣装や色使いのセンスの良さが鮮やかな花々にも劣らず、所々に散りばめられた仕掛けが可愛らしい。こんなふうに温かな体温を持った映画は珍しいのではないだろうか。観ているこちらが素直にならざるを得ない。ひねくれた自分の精神が正されていくような、非常にヒーリング力の高い作品だった。ストーリー展開に意外性はないのだが、だからこそまるで登場人物たちの近くに自分もいるかのような、不思議な距離感を味わったのだった。
(女優)







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