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評者◆殿島三紀
いつか来た道、いずれ行く道――監督・脚本/ダーヴィット・ジーヴェキング 『わすれな草』
No.3300 ・ 2017年04月22日




■『マイ ビューティフル ガーデン』『午後8時の訪問者』を観た。
 『マイ ビューティフル ガーデン』。サイモン・アバウド監督作品。これまでファッションブランドやミュージックビデオを手掛けてきた監督で、2010年にポール・マッカートニーの長女メアリーと結婚。あのアビーロード・スタジオで、ジョニー・デップ、ショーン・ペン、ジュード・ロウ、メリル・ストリープ等を集め、ポールの「クィーニー・アイ」のプロモーションビデオを監督したことでも話題を呼んだ。映画の舞台は現代のロンドンだが、ファンタジーの香りに満ちる。主人公ベラは公園の池のほとりに捨てられ、アヒルたちに見守られていた赤ん坊という設定。ガーデニング大国の英国では裏庭を大切にし、季節の草花や果樹を植える。成長したベラはそんな庭のある素敵なアパートに暮らしているのだが、なんと彼女は植物恐怖症だった……。
 『午後8時の訪問者』。ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督作品である。この2人としては珍しいサスペンス仕立ての映画だ。しかし、ダルデンヌ兄弟監督のこと。祖国ベルギー、いや、ヨーロッパが直面する問題を抉り出しつつ、心を揺らすヒューマンミステリーに仕上げた。ドアベルを無視したために移民の少女が殺されてしまう……。キャリアアップを捨て真相を探り始める医師。若い女性医師の罪悪感と苦悩に寄り添いつつ、ベルギーに暮らす移民にも優しいまなざしを向ける。日常に潜む闇や不条理を冬の都会の寒々しい風景をバックに浮き上がらせている。作品発表ごとに進化する監督である。
 さて、今回紹介するのは『わすれな草』。アルツハイマー型認知症になった母グレーテルを息子ダーヴィット・ジーヴェキング監督が制作した作品である。
 アルツハイマー型認知症は、認知症の中では女性に一番多く見られる病気だ。脳血管性の認知症などの患者数が横這いであるのに対して、増加傾向があるという。本作は、知的で活動的だった母親が、具体性のない事柄を理解できなくなり始めた頃から亡くなるまでを撮り続けたドキュメンタリー作品である。記憶を失った母グレーテル、彼女を支える父、そして、姉弟を撮影している。
 どうして母親が衰えていく姿をドキュメントするのか、つらいんじゃないか、と思う。だが、母の介護が父一人の手には余るようになり、監督が父を手伝いながら映画を撮るという企画にすれば、時間も労力も介護のために十分に使えて一石二鳥だと考えたのだそうだ。撮影の第一条件は家族の了解を得ることと、作品が両親にとってプラスになること、ではあったが。
 監督は疲れた父に代わって母を介護する。そして、時に明晰で、時に夢見るような彼女の日常と、左翼運動の闘士だった若く美しい母の映像とを織り交ぜながら、このドキュメンタリー映画を作り上げた。穏やかでありながら、いずれ行く道を想わざるを得ない作品である。
 緑の党、エネルギー転換委員会、女性運動などに関わり、政治運動に生き、夫ではない人と奔放な恋もし、今はアルツハイマーとなって日々記憶を失っていく一人の老女。しかし、決して「昔は良かったのに認知症になってしまってはねえ、人生って虚しいねえ」という映画ではないところが良い。
 息子が少し目を離せばすぐにベッドにもぐりこみ、運動を促せば、あれこれ屁理屈をこねる。「薬を飲んで」と言えば「あなたが飲んでおいて」と口答え。軽妙なやり取りに思わず笑ってしまう。だが、介護事情の彼我の違いに驚き、グレーテルの姑が90歳を超えながら矍鑠とし「家族が犠牲になるべきではない。施設に入れなさい」と勧める場面は笑っていられない。いつか来た道、いずれ行く道ではあるのだが――。
(フリーライター)







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