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評者◆稲賀繁美
大津絵今昔――世界の目からみた庶民信仰の再評価
No.3299 ・ 2017年04月15日




■大津絵といわれて、読者はいかなる感興を抱くだろうか。江戸時代から三五〇年の伝統をもつ「庶民絵画」。その素朴な量産品のヘタウマに、ピカソやミロは何を見出したのだろう。東京の日仏会館では館長を務めたマルケ氏の本書刊行と踵を接して、世界初めての大津絵国際シンポジウムが開催された。その概要を述べつつ、本書出版の意義に及びたい。
 そもそもなぜ大津絵は大津特産だったのか。横谷賢一郎氏(大津市歴史博物館)によれば、京土産の産地直売には、逢坂の関から琵琶湖に至る街道の難所以外の立地条件はありえなかった。鈴木堅弘氏(京都精華大学)はこの地に、岩佐又兵衛とは別人の湯浅又兵衛が、創始者として実在したとの仮説を展開した。白土慎太郎氏(日本民藝館)も述べるように、近世以降の趣味人には、大津絵に賛を加え、表装を施した事例が残る。近代になって柳宗悦がそれを「民藝」として再評価したが、贋作の横行が研究遅延の一因ともなった。だが真作は絵柄も大雑把でぞんざいに扱われ、無造作な折り跡が、真贋見極めの第一歩となる。
 大津絵は合羽刷りに即興の墨描きと、表現も素朴だが、矢島新氏(跡見学園女子大)は、無作為の素朴さと、禅画の意図的な素朴味とは別であり、量産手工芸品の筆遣いには、陶磁器の絵付けに類似する趣のあることも指摘した。佐藤悟氏(実践女子大)の報告によれば式亭三馬作・歌川国貞画『吃又平名画助刃』(一八〇八)のように草双紙の挿絵に大津絵が取り込まれ、歌麿の浮世絵版画では絵柄に大津絵が挿まれて浮世絵美人と同居する例もある。山東京伝は一八世紀末に大津絵人気は下火になったと報告するが、次世代の柳亭種彦の証言や歌川国貞の「大津絵十種」「今様大津絵」は、幕末期の新たな展開を証拠立てる。ポール・ベリー氏(関西外国語大学)も詳説したとおり、洛中洛外の文人画家たちが大津絵の趣向や画題を絵筆で模し席上合作した遺品も多く、これは明治以降に受け継がれる。
 小林優氏(足立区立郷土博物館)は、明治最後の浮世絵の巨匠・河鍋暁斎が大津絵の人物を「キャラクター」として再利用した点に着目した。続く大正期、とりわけ顕著なのは、植田彩芳子氏(京都文化博物館)が取り上げた小川千甕の「西洋風俗大津絵」。ヴェニスのゴンドラやパリの辻馬車の御者などが、「泥絵具」を素材に「のんき」な大津絵風の意匠を洋風仕立てに扮装して演じられる。千甕はセザンヌに南画の脱俗の境地を見たが、嶋田華子氏が触れた梅原龍三郎もまた、ルノワールに私淑する傍ら、大津絵の色彩に日本の「素朴美」を見出し、自らの蔵品をわざわざパリのギメ美術館に寄贈している。
 こうして大津絵はむしろ海外で高い評価を得てきた。クリストフ・マルケ氏(日仏会館)は、近代京都の陶磁絵付けに大津絵を取り入れた浅井忠の着眼には、パリで世紀末の図案を観察した経験の裏打ちがあるとする。また篆刻家の楠瀬日年による大津絵再評価の刊行事業はドイツの画商フェリックス・ティコティンなどを経由して海外にも派生した。リカル・ブル氏(バロセロナ自治大学)は戦時下日本に滞在した彫刻家ユダール・セラや民俗学者セル・ゴメス経由で、敗戦後ジョアン・ミロが大津絵に開眼した経緯を、一次資料群の発掘から解明した。猫が鼠に酒を飲ます大津絵風刺画をピカソが愛蔵していたのもブル氏の発見。
 大津絵の流布と継承を軸に、異説民衆日本美術史を世界的見地で展望できよう。

※クリストフ・マルケ著『大津絵──民衆的諷刺の世界』(角川ソフィア文庫、平成28年)。関連する国際シンポジウムが東京の日仏会館で2016年7月8‐9日(金‐土)に開催された。シンポジウムの記録は『美術フォーラム21』第36号、醍醐書房、2017年11月刊行予定。







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