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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻36
No.3299 ・ 2017年04月15日
■歴史的政権交代選挙に関わる⑧
残すところ12日となった公示直後、井筒高雄と井奥雅樹が注目していたマスコミ各紙による「序盤戦の情勢」が公表された。そこには二人を戸惑わせる相反する数字が記されていた。 もっとも厳しかったのは、「冬柴、安定した戦い」の見出しを掲げた日経の以下の短評であった。 「元国交相の冬柴が安定した戦い。小さな催しにも顔を出し、民主の支持層の一部も取り込む。連合兵庫の支持が得られなかった田中は民主支持層の6割を固めたが、無党派層への浸透が課題」(8月22日付朝刊) ある程度は覚悟していたことだが、冬柴陣営にはおそらく10ポイント(投票率5割として2~3万票)以上は引き離されている可能性が高かった。 予想どおりとはいえ、他紙も同様だったら、選対は「勝負あった」と受け止めて空中分解していたかもしれない。だが、いくらかでも希望をもたせてくれる「情勢分析」が他紙にあったことが、救いとなった。 読売新聞は「田中が冬柴を猛追」の見出しでこう記していた。 「先行する冬柴を田中が猛追。冬柴は自民、公明支持層を固め、60歳代、70歳以上で浸透。田中は、支持を受けた民主の支持層の7割を固めた上、高い知名度を生かし、無党派層の2割以上の支持を得ている」(8月21日付朝刊) また、神戸新聞は、「冬柴と田中激しく競る」の見出しのもと、地元紙らしく、次のようなきめ細かい分析をしていた。 「自公政権への逆風に危機感を強める冬柴は、国交大臣を退いた昨年夏以降、こまめに地元入りをかさねてきた。支持基盤の創価学会票をほぼ固めた上で、自民候補の集会にも積極的に参加。自公協力の重要性を強調し、保守票の取り込みに奔走する。スタッフに若手を起用するなど無党派層の獲得にも余念がない。 解散後に立候補を表明した田中は、抜群の知名度で出遅れをカバー。若年層の支持では冬柴をリードする。市民オンブズマン出身の地元県議らの支援を受け、無党派層への浸透に全力を注ぐほか、反公明の自民支持層の切り崩しも視野に入れる」(8月23日付朝刊) なお、このマスコミ恒例の情勢分析については、各紙とも公示日までに各選挙区ごとの調査(200~500サンプル)を何度か行ない、それに基づいて評価を見出しにして掲げるのだが、それについては選挙業界ならではの独特の「行間の読み方」があるので解説をしておく。読売の「猛追」は、おそらく10ポイント以上あった差が数回の調査で数ポイント程度縮まりつつある状態。また、神戸新聞の「激しく競る」は読売の「猛追」よりも両者の差は小さいが、ここで注目すべきは、候補者の順番である。冬柴が先にあるということは冬柴が少なくとも5、6ポイントはリードしていることを意味していた。 いずれにしろ田中陣営が後塵を拝していることは間違いなく、それは予想どおりだが、井筒たちを戸惑わせたのは、「田中、冬柴と並ぶ」の見出しを掲げた毎日の評価だった。 「田中氏と冬柴氏が横一線で激しく競り合う展開。民主の推薦を受けた田中氏は民主支持層の3分の2を固めた。冬柴氏は公明支持層を固めたが、自民支持層のさらなる拡大をめざす」(8月22日付朝刊) 両候補の差は、「猛追」(読売)よりも「激しく競る」(神戸)が、さらにそれよりも「並ぶ」(毎日)のほうが小さいが、ここでより重要なのは田中が冬柴より先に記されていることである。つまり「生データ」では僅差ながら田中がリードしていることを意味しているからだ。 しかし、選対の内実を知る井筒たちにとって、そこまでの実感はなかった。仮に現状が毎日の予想どおりだったとしても、それはかえって冬柴陣営を引き締める「逆バネ」となるだけで、あっという間にひっくり返されて最後は日経の予想どおりになるとの危機感を募らせたのである。 と、井筒たちの危機感を受けとめてそれを反転してくれるキーマンが現われた。各紙の序盤予想が出そろった8月24日、兵庫を地盤とする大物政治家で、当時民主党の副代表の石井一が激励と指導に入ってくれたのである。石井は衆議院議員当選11回、参議院議員当選1回、自民党時代は自治大臣と国土庁長官を歴任、小沢一郎と共に自民党を割って新生党と新進党結成に参加、その後民主党に合流。2005年の小泉郵政選挙で不覚をとるが、翌年の2006年には参議院比例区で国会議員に返り咲いていた。 井筒たち選対の「党代表として尼崎を離れがちな田中におんぶにだっこのままでは負ける」との訴えを受けとめた石井は、問題点をたちどころに見抜くと、まずは過去衆院選で4回冬柴と対決して民主党の参議院議員に転じていた室井邦彦と、今回近畿の比例に民主党候補として出馬している妻の秀子との連携を図った。地元をよく知る室井夫妻の助言を受けて、街宣を利用客の多い駅頭など効果的なコースへ変更すると、二人を田中と共に街頭に立たせた。また民主党との一体感を前面に出すため、ポスターに「民主党推薦」と書いたシールを張り、党代表の鳩山由紀夫をはじめ大物看板議員を続々と応援に入らせた。 そして、選対の中では事務方として冷静かつ客観的な判断できる立場にいた井奥にいわせると、石井によるテコ入れで最大の成果は、井筒を田中の単なる「介助役」ではなく、田中と一心同体の「ニコイチ」として活用させたことであった。 田中康夫と井筒高雄が上と下の関係から、対等で補いあう、まさに「二人で一人」の関係になることで、選対に弾みがついた。その意味で、石井一による教育的指導と介入は、ヤッシー選挙にとってターニングポイントとなったのである。 (本文敬称略) (つづく) |
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