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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻35
No.3298 ・ 2017年04月08日




■歴史的政権交代選挙に関わる⑦

 井筒高雄が、盟友の井奥雅樹と共に、一夜城を築いて奇襲をかける作戦で臨んだ「田中選挙」だが、不十分ながらもなんとか隊形が整いつつあった。
 いっぽうの冬柴鐡三陣営の動きはどうだったのか?
 前年末から週末には地元に密着、公明党幹事長8年、国土交通大臣2年の実績を訴えて支援者固めをつづけていたが、7月21日の解散を前にして田中康夫が出馬を表明したとたん、にわかに危機感をつのらせ、小池百合子元環境大臣など知名度のある自民党幹部の応援も仰ぎ、多く聴衆を主要駅頭に集めて、「落下傘批判」を展開しはじめた。
 「テレビで有名というだけで市民が投票すると勘違いしているなら、尼崎もなめられたものだ」「尼崎に帰属意識のない人が代表者になることを許すわけにはいかない」
 井筒と井奥にとっては、「落下傘批判」は予想されたことであり、田中の弁舌能力をもってすれば、むしろ望むところだった。田中は、井筒たちからの情報とアドバイスを巧みにアレンジ、期待どおり見事というほかない打ち返しをやってのけた。
 「尼崎にしがらみがないからこそ、できることがある」「おかしいことは一緒に変えていこう」「尼崎は長いものにはまかれない正義感をもった『匠』たちが住んでいる。その尼崎から既得権益がはびこる日本の制度を変えていこう」と返し、「尼崎ドリーム」を訴えたのである。
 地元出身で当選7回の元大臣という「強み」を、逆に「欠点」どころか、既得権益まみれの「悪代官」に見立て、有権者と一緒に「退治」しようという田中の論法は庶民には実にわかりやすかった。井筒を従えたヤッシーが市内の商店街をビールケースに乗って辻説法、それを何台ものテレビカメラが追いかけるという「空中奇襲作戦」は効を奏しつつあるかに見えた。
 しかし、一方で井筒と井奥は、彼我の力量の差は歴然としていると冷静に判断していた。
 ちなみに前回の2005年9月11日の第44回衆院選での開票結果は以下のとおりであった。

 冬柴鐡三 公明前 
109957
 室井邦彦 民主前
 83288
 庄本悦子 共産新
 29986
 植田至紀 社民元
 14019

 また、1999年の自公連立成立以降の冬柴の得票の推移は、2000年6月25日の第42回衆院選75380票、2003年11月9日の第43回衆院選94406票で、次点との差はつねに1・5万~2・5万票はあった。
 今回も共産・社民ともに候補者を擁立、前回2・5万票差で敗れた民主の室井邦彦が民主の推薦を受けた田中に入れ替わっただけという似た構図となっていたが、決定的な違いは、民主の有力支援団体の連合が社民候補の支援にまわり、田中が民主党支持層を固め切れていないことだった。したがって田中が知名度を生かした空中戦で浮動票をとってきたとしてもプラスマイナス・ゼロ。冬柴との差は相変わらず2~3万票はあると見るのが妥当な評価であった。
 片や冬柴陣営にとっては自民支持層を少なくとも前回並みに固めることが課題だったが、わずか一か月ほど前の6月に行なわれた尼崎市議選で、公明党は実に大胆な選択をしていた。同党は定数44のうち11議席を占めていたが、それをあえて9議席に減らし、それによって総得票数は前回並みをめざしつつ、自民の議席を確保するための側面支援をするという策に出たのである。
 衆院選での協力をにらんだ自民党への配慮であり、連合兵庫を敵にまわし、地元の民主系の市議たちからも積極的支援を受けられないでいる田中陣営とは対照的な手堅さだった。こうした遺漏のなさから考えると、両者の力量と態勢の差は歴然としており、それをわずか一か月前に名乗りを上げてひっくり返すことは、至難のわざであった。
 井筒たちの田中陣営は7月21日の衆議院解散を受けて出馬表明したものの、地元事務所ができたのが月末、総大将が東京都との往復で半分は不在のなか、限られた人員でなんとか空中戦をたたかい、気が付くと8月も半ばをすぎた18日の公示日を迎え、他陣営ならばシールを印刷して発送できる状態になっている選挙はがきの印刷がようやく間に合ったという有様だった。
 かくして投開票日まで残すは12日間になっていた。
 盤石の陣営であれば、公示前にはすでに選挙は終わっていて、有権者に公然と投票依頼ができる「選挙期間」(衆院選では12日間)は、いってみれば選挙という政治的祭りを賑やかにはやしたてる「フィナーレの儀式」にすぎない。つまりほぼ票の押さえ込みは終えており、またそうでなければ「勝てる選挙」とはいえない。おそらく百戦錬磨の冬柴陣営はそうであったと思われるが、井筒たちが支える田中陣営はまことに心もとなかった。これまでも戦さになっていなかったが、このままではこの先も戦さにはならないというのが、井筒と井奥の「市民派選挙助っ人コンビ」の偽らざる気持ちだった。
 そんななか、公示直後にマスコミが行う恒例の「序盤戦の情勢」が公表された。そこには井筒たちを戸惑わせる相反する数字が記されていた。
(本文敬称略)
(つづく)







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