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評者◆睡蓮みどり
知性は指先に宿る――ミア・ハンセン=ラブ監督『未来よ こんにちは』
No.3297 ・ 2017年04月01日




■日本で言えば若尾文子とか、三田佳子とか、いかにも女優ですっていうイメージを体現している俳優たちが好きなのと、今までさんざんイザベル・ユペールが好きだって言ってきたのもほぼ同じ理由で、彼女たちの目つきはやっぱり素晴らしい。あのクールな目元ってほら、なんだかこの先を見ているような気がして。後ろ向きじゃない目、というか。やっぱり俳優は目つき。そりゃ、声も大事だし、後ろ姿というのも重要だし、トータルといえばその通りなんですが、やっぱりどこに一番知性が宿るかと言えば、指先でしょうか。実は、今まで全然気づかなかったのだ、知性が指先に宿るなんて。目つきだって信じきっていたから。ところがイザベル・ユペールが自分の髪をかきあげるとか、苛々しながら受話器を取るとか、花に触れてみるとか、そういった指先が気になって仕方がなかった。
 いくら映画大国フランスといえども、19歳でデビューしてから、これだけ多くの作品に出演し続けている女優もそうそういないんじゃないかというくらい、映画を観ればイザベルという出演ぶり。現在64歳というのも信じられない年齢不詳な存在感は、『愛、アムール』(ミヒャエル・ハネケ監督)でもエマニュエル・リヴァの娘役を演じたときに既に59歳という衝撃に今でも震えてしまう。だって30代だと言われても何ら不思議ではない、ちょっとした少女性のようなものを兼ね備えていて、「セクシータイプ」か「可愛いタイプ」かなんて区分けが本当にバカらしくなってしまうくらい、「両方」持っている。最近だと『眠れる美女』(マルコ・ベロッキオ監督)や『アスファルト』(サミュエル・ベンシェトリ監督)で全くタイプの違う女優役をやってその貫禄をみせつけてくれたのも記憶に新しく、今回だって実年齢より下の50代後半の高校教師を演じながら、その指先の瑞々しさに何度はっとさせられたことか。年齢は手や首に出るなんていいますが、どうも違うこともあるようだ。
それにしても、孤独を孤独として描くことは簡単なわけで、それを否定するのがルソー哲学を教える高校教師というキャラクターをとっかかりにしたイザベル演じるナタリーの知性なのだけど、認知症の母に翻弄されることも、突然の夫の「好きな人ができた」発言にも、出版の話があれよあれよという間に流れていくことにも、一見平然としていられるのは、やはり彼女の知性なのだ。だからちょっと気になったのは、宣伝コピーでうたわれた「おひとりさま」というのはあまりにも日本的な発想であって、少なくともナタリーという人物造形を的確に表すものではないように思う。とてもキャッチーであることには違いなく、その言葉だけである種の女性たちをターゲットにしたいという意図は読み取れるけれど、ブリジット・ジョーンズじゃあるまいし。自虐なんてものさえ似合わないのは、ナタリーという人物が家族であろうと「他人はあくまで他人」という最も根本的な他者との距離を保てているからなので、だからこそバスから夫と新しい恋人を見かけてもそのあまりの偶然に、苛立ちではなく可笑しみさえ覚えて、笑うことができるのだ。
 哲学という後ろ盾に支えられたナタリーにとって、熟年離婚も母の他界も身にしみつつも、俯瞰して粛々と日々のこととして捉えられる。このナタリーの母が、元モデルという設定で、確かに演じ手のエディット・スコブのしなやかな肉体と美しさは、決してモデル体型ではないイザベルとのわかり易い比較でもあり、自分とは全くタイプの違う母への憧れも含めた身軽さへの疎みのようなものも感じさせる。劇中に描かれているわけではないけれど、母親に似ず、いわゆる美人タイプではないからこそ、子供の頃から勉強を頑張ったんだろうなという感じとか、そういった予測をさせるディティールが素晴らしい。
 かつての教え子でアナーキストになったロマン・コリンカ演じるファビアンが、夫からも子供からも嫉妬されるような「優秀なイケメン」で、自分の頭で考え行動する人間になって欲しいという一つの夢を叶えた存在。主人公は苦境にありながら、なんといってもこの映画に始終吹いている不思議と爽やかな風というのは、非常に心地よい。まるで悲壮感がない。決して感情的ではなくても、畳み掛けてくる面倒ごとにも当然涙は流れることがあっても、極めて大人でかつ自由なナタリー像を描き出せたのは、ちょうどナタリー世代を親に持つ監督自身の密接なまなざしゆえだろうか。ミア・ハンセン=ラブ監督はオリヴィエ・アサイヤスのパートナーでもあり、81年生まれの若手監督。ナタリーが運命に身を委ねながらも、自らの手で未来に触れようとしている様は大女優、イザベル・ユペールと重ねずにはいられない。
(女優)







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