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評者◆ぽんきち
物語の持つべきさまざまな要素がここにはある
ゴールドフィンチ1
ドナ・タート著、岡真知子訳
No.3297 ・ 2017年04月01日
■全4巻にわたる長大な物語。舞台はアムステルダム、ニューヨーク、ラスベガスにまたがる。物語の主役は少年テオと、1枚の名画「ごしきひわ」(=ゴールドフィンチ)である。
冒頭はアムステルダム。若者テオはのっぴきならない状況の中、アムステルダムのホテルにいる。なぜこうなったのか。テオは回想し始める。 13歳のテオは、ニューヨークで、チャーミングな母と2人で住んでいた。ある日、2人は美術館の特別展に出かける。たまたま訪れたそこで、不運にも爆弾テロに遭遇する。瀕死の見知らぬ老人から「ごしきひわ」を持ち出すように告げられたテオは、混乱の中、絵を外し、美術館から逃れ出る。母はどうしたのか。持ち去ってしまった名画をどうしたらよいのか。孤独な少年テオの遍歴はここから始まる。 「ごしきひわ」(1654年、33.5cm×22.8cm、マウリッツハイス美術館蔵)とは、17世紀前半オランダの画家、カレル・ファブリティウスの作品である。ファブリティウスはレンブラントの弟子で、一説にはフェルメールの師であったともいわれる。残っている作品はさほど多くない。「ごしきひわ」が描かれたのと同じ1654年、デルフトで、都市の1/4を破壊する大規模な爆薬倉庫事故が起こった。巻き添えを食らい、ファブリティウスの作品の多くは失われ、画家自身も32歳の若さで命を落としたのだ。 画題である「ごしきひわ」はキリスト教にとっては「キリスト受難」に結びつけられる鳥である。受難の象徴とされるアザミの種子を好んで食べることに由来する。多くの聖母子像にも描かれている。 ファブリティウスの描いた「ごしきひわ」はおそらく愛玩用として飼われていたもので、脚にはチェーンが付いている。一説にはこの絵は、「だまし絵」として描かれていたともいい、壁に掛けた際に本物のように見せるためのものとも考えられている。 いずれにしろ、値が付かないほど非常に有名な絵である。最初はほとぼりが冷めた頃そっと返せばよいと思っていたテオだが、事態は悪化していく。母は爆破で亡くなり、子供であるテオは施設に入るか、不仲な祖父母の元に送られそうになる。絵をどうすればよいのか、それと同時に、自分自身がどうなるのか。何とか友人の家に身を寄せるが、永遠にそこにいるわけにはいかない。思春期の不安も相まって、寄る辺ない少年は苦悩する。やがて、思いがけず現れた人物により、テオはニューヨークからラスベガスへと飛ぶことになる。そこで、破天荒な生涯の友に出会うことになる。 愛、友情、裏切り、流血、陰謀、詐欺、麻薬、絵画、文学、音楽。物語が持つべきさまざまな要素がここにはある。数多くの忘れがたいエピソードを散りばめながら、物語は大きく、終盤へと流れていく。 人生は残酷で無慈悲で、いずれにしろ破滅へと向かっていく。それでも私たちはそこから逃げ出すことなく、日々を紡いでいくのだ。街角でふとささやきかけられる、そんな出会いに支えられながら。何ならそれを「奇跡」と呼んでもよい。私たちが適確に言い表し得ないもの。目を凝らせば逃げ水のように消えてしまうもの。さりげない気配を残し、はにかみながら去って行ってしまうもの。有限の中に潜む永遠。汚辱の中にきらめく真珠。微かだけれどまぎれもなくそこにあるもの。私たちは自分で人生を選び取っているようで、その実、「偶然」の積み重ねに動かされているに過ぎないのかもしれない。 長い長い物語である。陰鬱な胸を塞ぐ描写もある。主人公の選択にたびたびもどかしい思いもするだろう。けれどもなお、物語の幕切れには、密やかに射しこむ光がある。その謎めいた光の美しさはどこか、「ごしきひわ」という絵の魅力に似ている。 |
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