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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻34
No.3296 ・ 2017年03月25日




■歴史的政権交代選挙に関わる⑥

 井奥雅樹によると、相棒の井筒高雄と総大将の田中康夫とは、出自から性格まで重なるところがほとんどないほど対照的で、それがかえって両者を惹きつけ合って(というより田中のほうが井筒に引き寄せられて)、それが大きく立ち遅れていた「田中選挙」にはずみを与えたのではないかという。
 すなわち、田中は東京生まれ、大学教授を父にもち、自身は一橋大学卒のエリートで、ベストセラー作家となり、県知事をへて当時は国会議員の座にあった。片や井筒は東京都下の八百屋の倅で、高卒後自衛隊に入隊、飲料水の営業マンをへて地方議員になって7年。二人はふつうなら出会うことがない「別世界」の住人といっていい。その両者がなぜウマがあったのか?
 傍らで二人の関係をみていた井奥からすると、事実のほどはともかく、さながら田中は元いじめられっ子で、井筒は元いじめっ子。その田中が自衛隊レンジャー上がりの元いじめっ子を従えて、これが嬉しくて仕方がないように見えたという。
 いかに田中が井筒を気に入ったかを示すこんなエピソードがある。公示を前にして新党日本の立候補者を最終的に確定させることになった田中は、井筒に「近畿比例ブロックの単独1位で出馬しないか」と持ち掛けたのである。井奥の見立てでは、兵庫8区の小選挙区には代表の田中が出馬、近畿比例のトップには自衛隊レンジャー上がりという組み合わせであれば話題性があってマスコミも飛びついてくるのではないかという、いかにも作家らしい物語を描いていたのかもしれないが、井筒は「政党の歯車になるだけ。国政は480分の1にすぎず、政調会長になるわけでもない。地方議員は一人でも行政を動かすことができ、やりがいがある」との理由で、断わった。体育会系らしいその毅然とした反応がまた田中は気に入ったようだった。
 だが、井筒は田中に気に入られはしたが、田中の忠実な配下であったわけではなかった。街頭宣伝の細かなテクニックを駆使しながら、ワンマン大将の気がまわらないところを補佐するだけでなく、ときには大将をたしなめ、助言をすることもあった。
 井奥の印象に残っているのは、「タクシー運転手にもきちんとチラシをまくべきだ」と井筒が田中に助言をしたときのやりとりだった。当初エリート上がりの田中は意味がわからなかったようだが、スーパーの進出で八百屋を廃業してタクシー運転手になった父親をもつ井筒から、「タクシーは動く床屋政談、運転手による口コミはバカにならない。通行人以上に大事にすべきだ」との説明を聞いて、納得。さっそく田中の周辺でチラシを撒いていたメンバーに自ら指示を与えたところはさすがだった。
 このように井筒と田中はウマがあったが、いっぽうの井奥と田中は、最後まで波長があわなかった。岡山大学中退で市民運動上がりの井奥には、どこかで田中と重なるところがあったからかもしれない。それもあって、井奥は事務方に徹して、粛々と地上戦をこなしていた。この井筒と井奥の棲み分けが、後で考えると「ヤッシー選挙」の勝因の一つであったと思われる。
 さて、こうして「頭脳」は田中に委ね、空中戦の「手足」は井筒、地上戦のそれは井奥が受け持つことにしたのだが、政策をまったく知らされないのでは、いくら「手足」でも務まらない。田中は演説のつかみはうまいのだが、それだけでは政策の全体像がつかめない。それがようやく出来上がってきたのは、解散から10日もたった7月末であった。二人はそれを読み込んで、なるほどこれなら共に戦えると改めて納得した。選挙運動としては逆転した話だが、準備不足のなかでは仕方のないことだった。
 マニフェスト「日本『改国』宣言(暫定版)」とされた新党日本の政権公約の骨子は以下のとおりであった。

「既得権益でがんじがらめになった日本の大掃除を実行し、公正・透明・簡素な仕組みをつくる」
 重点政策は以下の6項目。
①政官業の利権ピラミッドを壊す
②すべての公共事業をゼロベースで見直す
③グリーン・ニューディール、新エネルギー開発を促進
④人が人をお世話する産業の支援・育成で優しさの21世紀型労働集約事業を拡大
⑤すべての個人に最低生活保障を支給し、年金と生活保護を廃止
⑥自衛隊を改組し、国際救助隊「サンダーバード隊」を創設

 「日本の大掃除を実行云々」のキャッチコピーは、坂本龍馬が語ったとされる「今一度日本を洗濯致し候」からとられたものと思われ、“文化サークル系”の井奥からするといささか時代がかっていたが、“体育会系”の井筒にはわかりやすかった。
 二人にとって新鮮だったのは⑤で、北欧諸国で提唱されはじめた「ベーシックインカム」を下敷きにし、日本の政党としては田中がはじめて掲げたものだった。日本をはじめ世界各国では年金、介護、生活保護など複数の福祉制度が併存しているが、これを一元化し、国民全員に最低限の生活を保障できる金額を支給、行政の簡素化により、近い将来破綻が危惧される社会保障制度を持続可能にしようという施策である。実現性はともかく、なかなか興味深い政策だと井筒も井奥も思った。そもそも尼崎は革新系がつよい土地柄なので、これぐらい尖った政策でも受け入れられるかもしれなかった。
 さらに、井筒高雄にとって驚きだったのは、重要政策の最後、⑥「自衛隊を改組し、国際救助隊『サンダーバード隊』を創設」であった。
 ひょっとして元自衛隊レンジャーの井筒への田中からの「特別配慮」かと思ったほどだったが、政策は東京でつくられ、井筒が関与する余地はなかったので、それはありえなかった。しかし井筒がかつてPKO法案で自衛隊をやめた経緯や想いとも重なるところがあり、選挙の現場を仕切る“足軽大将”井筒のやる気をいっそうあおることになった。
(本文敬称略)
(つづく)







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