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評者◆秋竜山
正しい錯覚、の巻
No.3293 ・ 2017年03月04日




■梅原猛『少年の夢』(河出文庫、本体六〇〇円)に、こんなページがあった。
 〈黒澤明さんをご存じでしょう。日本映画界の巨匠です。この人、あまり人のつきあいをしないんですね。そして優れた映画をどんどんつくっている。その黒澤さんが文化勲章をもらったときに、昭和天皇が彼に、「あなたのつくった映画で何が一番傑作ですか」とお尋ねになった。たぶん天皇様は「羅生門」とか「七人の侍」という答えを予期していたんでしょうね。〉(本書より)
 その時、私が黒澤明さんであったら、そのお尋ねに「待ってました」とばかりに即座に答えるだろう。天皇様は黒澤さんの口から出る答えを御自分の思い通りのものとして「羅生門」であり「七人の侍」と、うたがうことなかったと思う。その当時、黒澤映画は世界においてもこの二作品ということになるだろう(他にもいっぱいあるけど)。だから、私が黒澤明であったら、天皇様!! よくぞお尋ねしていただきました、と胸を張って「羅生門」、「七人の侍」でございます。と、答えたであろう。天皇様の期待通りに答えるべきものと、して当然のことである。〈ところが、黒澤さんは「私の映画に傑作はありません」と言ったんです。〉なんという答えであることか。黒澤明さんにしか言えない言葉だろうと思われる。黒澤明さんにしかゆるされない、ひとことであったのだと思われる。もし、黒澤さん以外の人が、そんな答えをしたらどーなるのか。大変な事態になっていたことだろう。〈びっくりしたでしょうね。天皇様は、それで、自分の質問がよく聞こえなかったのだろうと思われて、再度「あなたの映画で何が一番傑作でしたか」とお問いになった。〉その時、またもや黒澤さんが同じように「私の映画に傑作はありません」と、答えたとしたら、それこそ大事件になっていただろう。天皇様も、なんとお言葉をかえしたらよいか、とまどってしまうだろう。「アッ、そう」で言葉をつまらせてしまっただろう。ところが天下の黒澤明さんである。そういえば黒澤さんのことを映画監督として「黒澤天皇」なんて、映画雑誌にのっていたことがあった。それほどの名声があったのである。
 〈そしたら、黒澤さんはこう言った。「芸術家にとって、傑作というものはありません。あるとすれば、それは未来の作品です」と。これは、じつによく芸術家の気持ちを言ってますね。学者だって同じですけれど、過去に未練を持ってはいけないですよ。もう、つくってしまえば、粕のようなものなんです。(略)いつも、未来に傑作があると思っている。そんな錯覚で仕事をする。でき上がったものはどうも自分は気に入らない……というのが、本当の芸術家、学者の偽らざる心であると、私は思います。〉(本書より)
 そういうものだろうなァ!!と、いう気持はよくわかる。〈つくってしまえば、粕のようなもの〉というのだったら、つまり、粕をつくるために仕事をしているということかしら。アッそーか。つくっている時は傑作をつくるという錯覚を持っているからできるのであって、その錯覚がなかったら、「さて、又、粕をつくるとするか」なんて、次の仕事にかかることはできないだろう。正しい錯覚というべきか。







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