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評者◆越田秀男
若者、中年、老人、それぞれの心の葛藤劇――人間になったピノキオは再び木の人形に還る
No.3290 ・ 2017年02月11日




■なんともゆらゆらとした語りの漫才師が現れた。すると小説を書いて芥川賞、昨年末にはコミカライズされて連載が始まった。TVで彼は「タイトルは火花なのに花火と間違えられる」と語っていた。読むと冒頭は花火大会から、お終いにも花火のシーン。この転倒は又吉直樹の策略にちがいない。主人公の相棒が結婚を契機に引退、解散コンサート。思っていることの反対を言う。観客や相方に対して「死ね!死ね!」、感動の嵐のもと終演した。主人公の師匠は借金地獄で逃亡。帰ってきたら豊胸手術をしていた??
 お笑いの世界も含めて、虚業分野の成功者は一握り。生活のための業なのに、業のために生活がかなぐり捨てられる。この転倒に若者の心は葛藤する。「真っ白なキャンパス」(佐々川来太/黒曜創刊号)の主人公は映画に魅せられ脚本家を目指すも、大学進学か専門学校かで迷う。そこに共鳴者が現れ、共に同じ道を……と、友人は大学進学を選んでしまった。それぞれの道に進んだ後、二人は再会し胸の内を明かす。二人の対立は、それぞれの心の中での対立でもあった。
 スポーツクライミングが東京オリンピックの正式種目に。早速これをテーマに……いやいや、命を賭した挑戦のドラマが「まだ見ぬ夢」(藤沢伸久/文宴第126号)。アイガー北壁ならぬスベスベの鍾乳洞壁。スパイダーマンでも滑落しそう。ヒロインの両親はこのクライミングにペアで挑戦して失敗。そのリベンジを臨場感溢れるタッチで描く。
 英雄譚の結末の多くは悲劇――倭建命、あしたのジョー。「カラス」(川﨑正敏/静岡近代文学31)の〈ケンさん〉は、村でただ一人の医者として信頼が篤く、尊敬されてきたものの、徴兵された後、廃人となって村に帰ってきた。村の子供たちはケンさんを遊び道具にして様々な悪さを仕掛ける。その中の一人、〈啓太〉だけは遊びではなく、憎悪を伯父であるケンさんにぶつけ、エスカレートさせていった。こんな男が自分の伯父であるはずがない。牛乳瓶にかんしゃく玉と爆竹を詰め込みケンさんに投げつけると瓶が炸裂した……。民話タッチの表現に、重なる悲劇が溶け込む。
 英雄の対偶は常民。現代の常民は? 「ウララ」(小畠千佳/あるかいど第60号)はアラウンド40の黄昏版。ウララとは、あの山本リンダのウララ、小説のテーマ曲。母の三回忌で集った家族、すると父が急死。狭く不快な病院の霊安室に犇めく家族を〈私〉はネズミ講だと思う。その繁殖作業に加われなかった私。そこに父の昔の愛人が現れ……。気がつくと私は孤独の沼に沈んでいた。一億総活躍社会を担う中心的世代の実像。
 現代常民その2。「ジグソーパズル」(岸川瑞恵/九州文學第36号)。喧嘩が絶えなかった両親だが、父が癌で入院すると母は甲斐甲斐しく世話をやく。夫の死の前後から呆けが目立つようになり、最近では昔遊んだジグソーパズルに興じている。気を晴らしてもらうため、手間暇かけてちらし寿司。と、母は「バラ寿司は嫌い」とにべもない。しかも「連れ合いとうまくいってるのかい」とやり返された。図星の問いに主人公はたじろぐ。子供が独立後も相変わらず午前様の夫に、ぶつかることを避けてきた。老いた母に教えられ?
 英雄だろうが常民だろうが最期に訪れる粉飾ヌキの裸の関係。「喜蔵の決断」(塚越淑行/狐火第21号)は、妻の介護に限界を感じた主人公の“決断”を描く。それ以前から周りは入所を強く勧めていた、限度を超えた頑張りだったのである。妻の介護は彼が生きることそのものとなっていた。だから決断は自死であった。
 認知症は人格まで壊れてしまうケースも。「電話のむこうでは」(山本恵一郎/漣第3号)の主人公はこれまで円満な夫婦関係を築いてきた、と思っていた。それがいまや……。妻が寝入ったところで買い物にでる。早く済ませて帰らないとなにをしでかすかわからない。ところがなぜか足の向きは家から遠ざかっていく。妻の病態をほとんど記さずに、主人公の心の葛藤を克明に描くことで介護地獄が見事に像化される。
 「石本隆一・この一首」(鈴木成子・選/鼓笛№4―12)、

わがものかあらぬか麻痺の腕一本抱えピノキオ冬辻に佇つ

 人間になったピノキオは再び木の人形に還っていく。
(風の森同人)







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