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評者◆稲賀繁美
現代アパレル業界考:文化資本幻想の再配置――台北の国際デザイン史学会から
No.3288 ・ 2017年01月28日




■ポール・スミスといえば英国のファッション・デザイナーとして著名だろう。だがロンドンの店舗を訪ねると、その質素な店構えに驚かされる。最初はわずか3㎡から出発した。それが六本木の店舗は180坪の広さを誇る。その発展の軌跡は京都国立近代美術館での展覧会でも回顧された。現役デザイナーの回顧展が国立美術館で開催されるのも異例だろう。だが実を言えば、ポール・スミスは本国よりも日本やアジアにおいて、遥かに高い知名度を誇る。ご本尊がわざわざ極東の開会式に駆け付けたのも、伊達や酔狂ではない。彼は国際派の英国代表として来日したのではない。日本とアジアが彼の主要市場なのだ。
 他方、現代日本の若手から中堅の服飾デザイナーたちはどうだろうか。京都を中心にするグループSou Souを例に取ると、往年の森英恵から三宅一生、山本寛斎といった世代とは、開発から販売に至るまで、まるで別世界の住人といってよい。もはやhaute coutureへの国際進出は最初から眼中にない。京都発、日本国内向きの供給を目標とした「作り手」意識が横溢しており、「売り手」としての国際戦略などは、ほぼ皆無。Matohu,Nagagiといった商標の場合も大同小異。いわば初期条件としての国内「ガラパゴス」市場を前提として、商品開発に勤しんでいる。フィンランド語で「蝶々」に由来する「ミナ・ペルホネン」も、外国産との好印象をもっぱら日本国内向きに撒き散らす作戦、と見てよかろう。
 こうした状況を横目にすると、行政主導の「クール・ジャパン」の虚構性も露わになる。世間では、パリやニューヨーク、ミラーノを中心とする既成のオートクチュールの階層秩序に殴り込みでソフト・パワーを国際認知させることに、日本国家の威信を賭けているかの印象がある。オリンピックのメダルの数や、ノーベル賞受賞合戦と同様の構図である。だが東京ファッション週間は世界から無視され続ける一方、実際の経済産業政策は、もっぱら巨大化するアジア市場が標的となっている。その夢と現実との落差には何が巣食うのか。
 ここで日本の総合商社の才覚が遺憾なく発揮される。伊藤忠の関連取引額はルイ・ヴィトンのそれを凌駕する。そのルイ・ヴィトンそのものも8割近くの収益は、ほかならぬ日本での販売に負っている。その背後で、ほかならぬポール・スミスを日本やアジアに展開した舞台裏には、この伊藤忠が隠れている。「隠れて」というのも、この小売り代理店総元締めは、間違っても自身がブランドのようには振る舞わない。あくまで黒子に徹する。日本やアジアでの小売り権契約を一括管理し、配下の小売り店舗を統御しながら、その需要に応じて舶来ブランド側に、売れ筋商品を指示し、指南し、そこに遠慮なく投資する。
 通の方々には、イロハのお浚いにて恐縮だが、概略これが業界の縮図だろう。ピエール・ブルデューの図式を借りるなら、日本の経済資本(総合商社)が黒幕となり、往年の文化資本(欧米ブランド)を元手にして新市場の象徴資本(ブランド志向)を密かに塗り替え、そこから全球的な計略の下で金融資本(収益)を自在に操作する、という実態が見えてくる。そしてその背後では日本発の生産者の、海外市場での空洞化も着実に進行しているようだ。

※台北における国際デザイン史学会での発表より取材した。情報提供を受けた藤田結子、成實至、大山慎司の皆様に謝意を表す。事実誤認や誤解などあれば、筆者の責任である。







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