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評者◆秋竜山
なんでもいい時代、の巻
No.3288 ・ 2017年01月28日




■中谷彰宏『いい女の話し方――ことばで自分を高める65の方法』(だいわ文庫、本体六〇〇円)では、〈いい女〉の話し方について。面白いのは〈いい女〉に対して、その反対は〈わるい女〉ではない。本書では〈残念な女〉と、いっている。たしかに〈残念な女〉かもしれない。一般的に、どーなんだろうか。「いい女だねえ……」と、いういいかたをする。「わるい女だねえ……」とも、いう。「どーしようもない女だねえ……」と、いったりもする。「残念な女だねえ……」と、いうだろうか。なんとも聞きなれない言葉である。残念という言葉そのものが不思議である。〈ことばで自分を高める65の方法〉として、[「この魚、どこ産ですか?」と聞かない]とある。これだけでは何のことかわからない。わからないけど変におかしい。笑ってしまう。残念な女は「この魚、どこ産ですか?」と、聞くのだろうか。
 〈たとえば、女性に多いのが、お寿司屋さんに行って「この魚はどこ産ですか」と聞く人です。産地を聞いて初めておいしく感じるのは、頭でっかちです。自分の身体感覚を信じて、「これはおいしい」と味わっていません。産地情報に、自分の舌がだまされています。「○○産はおいしいはず」「△△産でなければいまいちのはず」と思い込んでいると、自分の舌を信じられなくなります。〉(本書より)
 今、口にしている、にぎられた寿司の魚が、何という魚であるかはわかっているはずである。わかっているから、味がわかるということもある。何という魚であるか、わからない魚を口にしていて、その味となるとギモンだ。「いったい私は今、何を食べているでしょう」ということになりかねない。もし、わからなかったら聞けばいいのだろう。聞いてもちっとも恥ずかしいことはないと思う。本書では「この魚はどこ産ですか」と聞く人のことをいっている。どこでとれた魚となると、魚の名前よりもわからないだろう。天然ものであるか養殖ものであるかは聞かなくても大体わかるだろうが、ところが最近はわからなくなってしまっているようでもある。昔は養殖ものと違って天然ものは身がしまっていて、おいしいということが相場であったが、今では養殖もののほうがエサがいいだけにおいしいということのようだ。天然ものはえたいの知れない魚のような気がしてくるなんて人もいたりする。
 〈先に値段を聞くのも「値段が高ければおいしい」「安ければまずいはず」という先入観で、自分の舌を信じてはいません。(略)残念な女は、情報で語ります。いい女は、身体感覚で語ります。〉(本書より)
 今はTVで、たとえば食べ物番組などで、最初画面に映っている姿は、無口で言葉もない時は「いい女」である。ところが、目の前の料理を口にした瞬間。その口から、「スゲー」なんて声を発する。TVであるから、「スゲーうまい」と、いいたいのだろう。「ヤベー」なんて、大声を張り上げる。もちろん、うまいという表現だろうが。「ヤベー」以外に何もいわない。その料理がうまかったのか、まずかったのか。「ヤベー」だけで片づけてしまう。なんて便利な言葉だろう。「スゲー、ヤベー」なんて、いったりもする。今のところ「残念な女」と、いうことか。その内「いい女」になってしまうだろう。もう、なんでもいいや、という時代である。







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