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評者◆内堀弘
発禁本コレクターの消息――城市郎氏の愛蔵書が古書市場に現れた?
No.3287 ・ 2017年01月21日




■某月某日。暮に出た『BOOK5』(トマソン社)の最終号は、「2016年今年の収穫」というアンケート特集だった。その回答の中に「城市郎氏が明治大学に寄贈せず手元に残した愛蔵書が大阪古書組合の市会に出たようで」というのがあって驚いた。それにしても、こんなトリビアルな話題を拾える雑誌が終刊とはつくづく淋しい。
 城市郎は発禁本コレクターとして知られた。そのコレクションは質、量とも最大といわれ、大部分は2011年に明治大学に寄贈された。1922年生まれだから、このときで89歳だ。
 私が郊外で小さな古本屋をはじめた頃(もう35年も昔だが)、冬の夕刻に初老の客がふらっと入ってきた。棚を舐めるように見たあとに「城市郎といいます」と挨拶をされた。床のタイルが割れて土がのぞいているような店だ。黙って帰ってほしかったが、つぶやくような小声で「これから蒐めたい本はあるんですか」と聞かれた。「これから」なら私にもたくさんあった。あのときどんな話をしたのだろう。
 しばらくすると、私は城さんのお宅にうかがうようになった。いつものスタイルがあって、テーブルの上に十冊ほどの古本が用意されている。駆け出しがこれを評価するのだった。資金に乏しいのは仕方ないとして、「知らない」ことを「知りません」と言えるかどうかは度量の問題だ。私はそれも乏しかった。いや、これを鍛えにいったようなものだ。
 その頃、私は百貨店の古書市に参加していた。城さんが「これを十万で買いませんか。あの古書市なら直ぐ売れます」と出してくれたのが谷崎潤一郎の『人魚の歎き』(大正6)の初版だった。函もカバーもないただの小型本で、高価な本にはとうてい見えなかった。谷崎の著書の中では発禁になった極稀少なものだが、そんなことは知らない。「ぜんぜんわかりません」と教えを請うた。城さんは「知っている古本屋さんは案外少ないですよ」と小さな声で言った。それを古書市の目録に18万(だったか)で載せると、注文は重複した。こんなに高い本を買ったのも、売ったのも、これが初めてだった。
 城さんはその後関西の方に引っ越された。ボーッとしている内にこんなに時間が経って、せっかく鍛えてもらった度量も大きくならない。城さんの訃報は聞かないが、そういえば健在だという話も聞かない。







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