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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻28
No.3286 ・ 2017年01月14日




■宝塚市長選に助っ人応援

 井筒高雄の身上は、「何でも反対」のガチガチの左派市民派ではなく、課題によっては保守系とも手を携えるという課題解決型の融通無碍さにあったが、もうひとつ井筒のユニークさをあげると、「外向型」にある。自身の議会活動にも熱心で、内側にもエネルギーをさくいっぽうで、「加古川市外」から声がかかれば、喜んで飛んでいく。それどころか、声がかかる前に、応援にかけつけることもある。
 かかる「声」の多くは選挙応援で、井筒は2002年6月に初当選すると、議会質問の準備を後回しにして隣の高砂市の井奥雅樹の応援にかけつけたのを皮切りに、兵庫・大阪・京都・奈良と幅広く出没し、助っ人に馳せ参じた。通常、選挙応援というと、候補者と共に街頭で演説、候補者と共に自分が目立ってなんぼのパフォーマンスに終始しがちだが、井筒の場合は乞われれば演説もやるが、自らの街宣車を持ち込んでドライバーを買ってでる裏方も喜んで引き受ける。だから、重宝がられて助っ人要請がひきもきらない。また、市議レベルでは、街宣車は懐ろ具合を考えて自分の選挙のときだけリース、それも小型で安い「軽」のワンボックスで済ますのがふつうである。だが、井筒の場合は軽の自家用車に看板をのせ「街宣車」仕様にする、市議としてはユニークな活用をしていたので、それを目当てにますます声がかかる。おかげで井筒の街宣車は、駐車場のこやしになることはなかった。
 そんな井筒の「外向的」活動は、2006年に2期目の当選をはたし、地方自治体議員としての醍醐味も知り、議会活動に脂がのりはじめても変わらなかった。
 なかでも、井筒にとって思い出深いのは、2009年春の宝塚市長選挙だった。2代つづいて市長が収賄で辞職を余儀なくされるという不祥事を受けての注目の選挙で、そこへ旧知の女性が出馬をしたのである。その女性とは、2期7年衆議院議員をつとめて浪人中の中川智子(当時61歳)。13年前の1996年、井筒が大学4年の秋、前年の阪神・淡路大震災支援にピースボートのボランティアとして参加したのが機縁で知り合った辻元清美が土井社民党の目玉候補として立候補、その選挙を手伝うことになったが、そのとき辻元と同じ近畿の比例代表候補が中川だった。井筒は、社民党の舞台付き街宣車の運転手として、中川・辻元と応援弁士を乗せて近畿2府4県を走りまわった。社民党の退潮のなか苦戦の下馬評を覆し、中川は辻元と共に当選、土井チルドレンとして華々しくデビューをすることになるが、井筒にとっても、それがそれまでまったく関心がなかった政治と出会うきっかけになった。
 宝塚駅頭で党首の「おたかさん」が応援に入ったとき、以前から土井たか子を「北朝鮮の回し者」とつけねらう右翼の街宣車が妨害にきたのを、「俺は31普通科連隊の元レンジャーだ」と追い返すなど、井筒には思い出深い選挙であった。
 その中川が加古川と同じ兵庫県の宝塚市長選に急遽、立候補することになったのである。井筒としては何をおいても馳せ参じなければならない。本人からの要請をうけると、隣の高砂市議の井奥と共に、立ち上がったばかりの選対に張り付いた。「表」は東京から駆けつけた中川の友人でもある国立市の前市長・上原公子が事務局長格として全体を仕切り、井筒と井奥はもっぱら裏方の「縁の下の力持ち」にまわった。
 元市長と民主党推薦の元県議など6人が立つ混戦のなか、中川は市民グループからぎりぎりになって担ぎ出され、支援組織は社民党と共産党ということもあって、井筒の目には、準備不足と寄り合い所帯による結束力不足から、どうみても厳しい戦いに思えた。
 いまだスローガンも決まっていなかった。選挙期間中は公設掲示板に貼られるポスター以外、候補者名を表示できない。チラシも同様である。そこで候補者を有権者に印象付けるスローガンが極めて重要になる。選対であれこれ案が上がるなか、誰いうともなく、「女性候補は中川だけ。そして女性の首長で汚職で捕まった人はいない」という意味をこめて「宝塚にクリーンな女性首長を」はどうかとの案が出たとたん、うるさ方の市議もふくめ全員が「それはいい、よし! それで行こう」と即決。このスローガンは、選対を一つにまとめる役割をはたすと同時に、2代続けて市長(どちらも男)が汚職で失脚するという不名誉をなんとか払拭したいという宝塚市民の気分に一気に浸透していった。自主投票をきめた公明党の支持者のなかから、中川のポスターを貼ってくれる人が出たことがそれを象徴していた。井筒と井奥はこれでいけると感じた。
 二人の直感のとおり、中川智子は大方の下馬評をくつがえし、混戦を抜けだして次点の民主推薦の元県議に5000票の差をつけて当選。兵庫県下では芦屋市の北村春江、尼崎市の白井文に次いで3人目の女性首長となって5年半ぶりに政界に復帰したのである。
 井筒にとっても、13年前、中川が衆院近畿比例の最後の一議席に滑りこみ、嬉しさのあまり中川に抱き着いて不甲斐なくも泣いてしまったが、その再来を思わせる結果に感慨もひとしおであった。
 人口わずか8万の地方小都市の市長選ではあったが、その予想外の結果は、マスコミにも大きく取り上げられ、それに深く関わった井筒と井奥は、「市民派選挙お助けコンビ」として大いに自信と自負を強めることになった。しかし、逆にその自信と自負に足元をすくわれることに――それも二人の地方議員人生の根本をゆるがすほどのことになろうとは、つゆほども思っていなかった。
 それは、宝塚市長選の凱歌からわずか4か月、歴史的な国政選挙という形でやってくる。
 折しも麻生太郎を首相にいただく自民党政権はダッチロールをつづけ、状況は改善されないまま、遅くとも9月には任期満了による衆議院選挙が迫っていた。各種世論調査でも自民党の大敗は間違いなく、「政治的大変」がおこるとの予測が囁かれていた。もちろん井筒と井奥にとっても、大いに胸がさわぎ、なんとかそれにかみたいと思っていたのだが……。
(本文敬称略)
(つづく)







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