書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆志村有弘
戦時の闇を示す市川しのぶ「鬼夜叉」(「弦」)哀しくても、生きる心――三沢充男と馬場雅史の小説(「こみゅにてい」・「民主文学」・「奔流」)、秋田稔の滋味溢れる探偵小説談(「探偵随想」)
No.3286 ・ 2017年01月14日




■「九州文學」第559号の編集後記で波佐間義之が、若い人から電話があり、作品を発表したいが、掲載されたら「原稿料をいくらくれるのか」と訊かれたといい、同人雑誌という言葉は若い人のあいだでは「死語」になっているのか、と記している。波佐間の一文に関連するのだが、十一月末、「葉山修平さんお別れ会」で配付された印刷物(葉山の「同人雑誌のこと」と題する随想)で、葉山が、文学は同人雑誌が「原点」で「純粋な文学的営為のためには不可欠」、同人雑誌以外に「真の文学」は「望みえないとさえ思っている」と書いていたことを記しておきたい。
 小説では、市川しのぶの「鬼夜叉」(弦第100号)が、読ませる力作。題名も人を惹きつける。小夜が育った家に残されていた謎の書き物。亡母の老いた弟に訊くと「オニヤシャじゃ」と言ったように聞こえた。月夜の晩には鬼夜叉が山から来て子供を食べるから外へ出るなという伝説であるらしい。小夜の母の兄、伊織は戦地へ向かう途中で姿を消した。母が「玄関の潜り戸を閉めるな」と言っていたのは何故か。小夜は、母が兄のために食糧を置いていたのではないかと思い、謎の書き物は伊織が匿われていたときに書いていたものかと推測する。出奔した兵士の家族の苦悩は尋常のものではない。長い歳月が流れても、小夜の思うように「戦死」としたままの方がよいのかも知れない。「田毎の月」「棚田」という言葉が出てくるから、あるいは姥捨山伝説も念頭に置いているのであろうか。爽やかな文体とは逆に内容は重い。
 中嶋英二の「マクベス夫人のよこしまな末裔」(文芸復興第33号)は、登場人物の心の陰翳が鋭く描写されている。製材工場日雇いの荘助は、愛する女が工場主の息子寅雄に犯され、その報復のため、止宿先の又平(荘助の従弟・ひぐま捕獲猟友会所属)をそそのかして寅雄を銃で撃った。寅雄は命をとりとめたものの、又平の煩悶と荘助の脅え。おりしも製材工場のある沖野町は一級町への申請をしているときで、助役と寅雄の父は狙撃事件の噂が流れるのを抑えようとした。寅雄の父も一級町になれば工場の利益がもくろめる。又平の内縁の妻と荘助の愛人、この二人の女が男たちを支える言動も印象的だ。随所に使用される北海道弁も効果的。
 三沢充男の「精霊迎え」(こみゅにてい第97号)は、盆の入りを舞台に妻を亡くして二年目の祐作が、夢の中で親友の森(故人)と親しく昔物語をし、森が冥界に帰ると、妻に起こされ、妻も盆提灯の中に消えてゆくという作品。作中、妻への愛が美しく、また、「友」とは何か、人生とは何かということを考えさせられる。祐作は本当はやりきれない哀しさ、孤独感を抱いている。それでも生きてゆくのだ。心に残る作品。
 馬場雅史の「寂しくても 悲しくても ネギ刻む」(民主文学二〇一六年12月)は、高校が舞台。貧しい家の生徒、進学したくてもできない生徒がいる。教師の山本は自立塾を設け、生徒たちと話し合い、生徒たちは生きる道を考え自立していく。期限付き教員の町野も不安な日々を送っていたが、教員試験に合格して、正規の教員となることができた。自立塾に参加していた町野もいわば塾の卒業生といえる。表題の「寂しくても 悲しくても ネギ刻む」は祖父母と共に貧しい日々を送る女生徒阿部の句。キャバ嬢になると言っていたのだが、ヘルパー二級の資格を取り、介護の仕事をしている。みんなで話し合うことの大切さ。「奔流」掲載の作品で、「同人誌推薦作品」という。良心的な佳作。
 エッセーでは、秋田稔の個人冊子「とりとめのない話」(探偵随想第126号)。坂口安吾・岡本綺堂の捕物帳のこと、松本清張の「断碑」から森本六爾・直良信夫という考古学者に触れる。斎藤栄の小栗虫太郎への心酔、山村美紗と長谷川一夫、秋山ちえ子と島田正吾との関わりも面白い。秋山の淡々と自在に展開していく話は、清らかな水の流れを想起する。飼っていた兎との涙の別れに見る心優しさ。屋台のおでん屋で河童の肉を食べた(?)という話は、ミステリーじみた傑作。松尾静子の連載「詩人上村肇の作品3 慈愛」(コールサック第88号)は、諫早の詩人上村肇の家族への愛と孤独・哀しみを綴る。
 短歌では、黒沼友一の「こんな小さな足にて人生を歩みしか妻の残ししサンダル一つ」(新アララギ通巻227号)、森元ゆきこの「ほほづきの姿を愛でをりし夫なれば仏壇かざりに鬼灯加ふ」(綱手第341号)、斎藤栄子の「友の死を受け止められずにいる吾に季の移りを知らす蜩」(歌と観照第973号)が哀しい。
 詩では、中野完二が「尻尾が黄色いマムシ」・「瞬き」というヘビにまつわる異色の詩二篇を「飛火」第51号に掲載。昔、蛙を歌った詩人がいたが、中野はあたかもヘビと対話し、その生態を凝視している作品を綴る。これも一世界。
 追悼号として、「九州文學」第559号が齋藤光男・下川浩哉・吉永正春、「塔」第742号が山下れい子、「扉」第21号が北島蓉子、「波止場」第105号が野村昭俊(谷村茂夫)・吉田嘉志雄、「文芸静岡」第86号が仲田藤車、「流域」第79号がジャン・メナールの追悼(含訃報)。菊田英世へのレクイエム詩(松田和子作)を掲載する「新現実」第130号)も一つの追悼号。ご冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約