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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻27
No.3285 ・ 2017年01月01日




■神戸製鋼に防塵対策を講じさせる
 2006年7月、初当選した前回より大きく票を伸ばして加古川市議に再選された井筒高雄は、その飛躍のバネになった「神戸製鋼加古川製鉄所の煤塵問題」に、前にもまして熱心に取り組んだ。
 市議のなかではこの問題をもっとも追及してきたという自負もあり、井筒が「音頭取り」の中心となって、そのための特別委員会が設置されると、同僚議員たちや市の担当職員をまきこんで、工場からの防塵対策に取り組んでいる全国各地の先進事例を視察。検討と議論をかさねる中から、加古川市を通じて神戸製鋼当局に、まず防塵ネットを張らせ、さらに有料の天気予報サイトに登録してもらい、風向きによって煤塵が飛ぶことが予測される地区には、あらかじめ噴水車を出動させて、煤塵が風に乗って飛ばないようにする対策を講じさせた。
 井筒がリーダーシップを発揮した「神戸製鋼煤塵問題」へのこの取り組みは、議会ではどのように見られていたのか? 同じ2002年初当選組の末澤正臣に話を聞くことができた。与党の保守系会派所属であった末澤からは、次のような高い評価が寄せられた。
 「それまでは、正面切って神戸製鋼に物申す議員はおらんかった。雇用や法人税やらで、市に大きな貢献をしてもらっているので、批判はせんとこうという雰囲気があって、議員からしたら何事であれ神戸製鋼のことを問題にするのは、与党・野党をとわずタブーやった。僕も新人でなにもわからんこともあったが、そうした雰囲気をおかしいとは思わず、議会ってこんなもんやろという受けとめやった。そんな中で、同期の井筒くんが出てきて、はっきりとあかんものはあかんとやったのは、よそ者だからできたという側面もあっただろうが、実に衝撃的で、それで加古川の市議会は変わったと思う。えらいやつが出てきよったな、と」
 また末澤からすると、井筒は、正論をいうがさっぱり共感を呼ばない「正義の嫌われ者」ではなく、うるさいことをいうがどこか憎めない「愛されキャラ」で、それが井筒が加古川市議会の雰囲気を変える一つのてこにもなったのではなかったかという。
 そんな井筒の「愛されキャラぶり」を象徴するのが、井筒が走り回って結成された「同期会」だった。
 井筒は、「参謀役」の高砂市議・井奥雅樹のすすめもあって、初当選するとすぐに同じ初当選組のもとへ挨拶にまわり、「せっかくだから同期会をつくろう」と呼びかけ、事務局を引き受けた。大半が保守系だったが、それに真っ先にのった一人が末澤で、第14期市会議員であったことから「一四期会(ひとよきかい)」と命名してくれたのも末澤だった。飲み食いだけの只の親睦会にはしたくなかったので、年に1回、市内外の視察にも出かけた。
 井筒は初当選のときから、そして再選された後も、「一徹さ」ゆえに、しばしば長老議員たちとぶつかり、いじめにもあったが、その仲裁を買って出てくれたのも会派を超えた同期の仲間だった。
 たとえば、井筒は、ある土建屋のベテラン議員が市の橋の架け替え工事に不正関与した疑惑を追及、百条委員会が立ちあがったのはよかったのだが、それが秘密会にされたのを、パソコンの操作ミスで、うっかり議事の一部をブログにあげてしまい、それがもとで逆に井筒が懲罰委員会にかけられてしまった。そのとき「敵」である長老たちの使者として、仲立ちを買って出てくれたのも「一四期会」の末澤と超タカ派の大矢卓志だった。だからといって、井筒は長老たちに対してあくまでも折れることはなく、議会への出勤停止3日間の懲罰を引きうけたが、その井筒の「一徹さ」が加古川市議会に一陣の爽風を送りこむことにもなったと末澤はいう。
 こうした井筒の無手勝流は、再選されてますますパワー全開となり、本人はそれをどこか楽しんでいる風さえあった。実際、当人としては、「水売り」よりは、「地方議員のほうがはるかに面白いし自分に向いている」と自信と手ごたえを感じつつあった。
 そんな井筒は、二期目に入ると、前述の「神戸製鋼煤塵問題」以外の課題にも力を入れて取り組んだ。
 一つは、「待機児童問題」である。公設保育所の0歳~3歳児の受け入れ可能状況を調査してみると、保育ニーズの3割しか受け入れられないと判明。そこで井筒は、この現状をふまえると、予算上の制約からも、増所を要求しても現実的ではないと考え、無認可保育園の助成復活をめざし認可保育園並みの公的助成をして、待機児童解消の受け皿にするよう提言。100パーセントとはいかず、無認可保育園へのおやつやイベントへの一部助成ではあったが、2010年度からは実施されるようになった。
 もう一つは、かねてから持ち上がっていた、市民病院の公設民営化である。加古川には、地元最大の企業である神戸製鋼が経営する病院があり、脳外科や循環器科が充実していることで全国的にも知られていたが、副都心である東加古川と南部の中間に位置。かたや市民病院は小児科や周産期医療が充実していたが、高砂市に寄った地区にあり、そのため受診者は加古川市民より高砂市民が多かった。いずれも一般の加古川市民には地理的に不便だった。そして共に設備の老朽化が進んでいることや医師不足の問題もあり、両病院の特性をいかした公設民営の病院として統合、加古川の中心部に新設すれば地理的偏りも解消される。さらに加古川と高砂、稲美町と播磨町の2市2町の地域中核病院として位置付ければ、存在価値が一層高まる。そう考えた井筒は、会派にこだわらない持ち前のフットワークの軽さで、プラン推進に奔走した。
 これについては、「合理化」だとして市の組合からは強い反発があったが、井筒は、「市の職員のために病院があるのではなく、市民のためにある」の姿勢をつらぬいた。
 この市民病院と神鋼病院の統合は2011年に実現。加古川駅の西側に今年7月、加古川市民中央病院へ統合されることになった。
 井筒のいずれの取り組みにも、いわゆる学生運動や市民運動上がりにはない融通無碍さがある。それが井筒の身上であり、彼をユニークな地方政治家として成長させる原動力となったのかもしれない。
(文中敬称略)
(つづく)







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