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評者◆mono sashi
炭坑の歴史は地域史の宝庫
炭坑の絵師 山本作兵衛
宮田昭
No.3285 ・ 2017年01月01日




■本書は、炭坑の絵師・山本作兵衛の生涯に迫った評伝である。おもに二部構成の内容となる。筑豊の炭坑の情勢と絡めながら、炭坑夫の両親のもとに生まれた幼少期から、筑豊各地を転々と移り変わり仕事を務めあげるまでの前半部。仕事を辞めた後に絵筆を執り、やがて世界記憶遺産へ登録されるまでの経緯を追った後半部とで構成される。
 貧しい生活を強いられながら、川筋気質と堅気な性格で、不遇な環境を生き抜いた彼の逞しい姿が、著者の手によって活写される。福岡在住者の私も、『明治大正炭坑絵巻』などの出版をはずみに、上野英信などの知遇を得るに至り、世界記憶遺産へ登録された経緯を初めて知ることが出来た。
 とりわけ私が注目したのは、炭坑という場所から、当時の日本の風景がまざまざと見えてくる前半部にあった。作兵衛が生きた時代は、二等国の日本が欧米列強に肩を並べるまでの近代化の過程と重なっている。作兵衛は日清戦争を始めとした計5つの戦争下(日清・日露・第一次・二次・朝鮮戦争)で生きたことになるが、炭坑という場は、良くも悪くも国家の情勢に直に左右されたところである。
 たとえば、明治期の日清戦争をはじめとする5つの戦争の前後は、好景気と不況の波がくりかえし押し寄せ、石炭の需要は乱高下を見せる。軍需景気の好況を呈する時期は、一気呵成に増炭の声が掛けられるが、戦争が終焉して需要が底を見せ出すと、一転して不況に見舞われる。
 そんな環境下で作兵衛は、炭坑夫はおろか鍛冶工や坑道の整備を司る仕繰方、鉄道工夫などのさまざまな職業を経験する。それは必ずしも若い作兵衛の気質がそうさせたのではなく、少なくとも当時の貧しく厳しい生活環境が、同じ職場に居続けることを許さなかったことを意味するのだろう。
 貧しい生活を強いられる炭坑夫にとって、そんな環境を凌ぐためにすがったものは、軍需景気で賑わいを見せた坑場であった。結局のところ、彼は炭坑夫の仕事へふたたび舞い戻ることになる。急激な近代化を見せる国家の繁栄を支える一方で、貧困に喘いだ彼らの暮らしぶりを思うとき、その矛盾をどのように受けとめればいいのだろうか。まして作兵衛は、好況の恩恵に与った当の戦争で、最愛の息子、長男の光を失っているのだ。その皮肉な境遇を前にすると、私は胸がつぶれるような痛みをおぼえる。日本の近代化を支えたのは、彼らのような不遇な環境に生きる陰の人々だったのだ。
とはいえ、本書は上記した暗い歴史ばかりに光が当てられているのではない。むしろまったく逆である。辛い境遇にありながらも、力強く生き抜いた作兵衛の人間的な魅力により、本書は痛快な明るさを放って迫ってくる。
 炭坑の歴史に付随してくるものは、現在でも見逃すことのできないさまざまな問題に取り巻かれている。朝鮮人の強制労働の問題、一般社会からの蔑視を浴びる差別問題、作兵衛の絵の題材にもなった狐や狸などの風土との関わり、谷川雁、森崎和江、上野英信などの文芸サークルに見る文化活動。まさに炭坑の歴史は地域史の宝庫とも言える。筑豊という地が、山本作兵衛という希代の絵師を生んだように、これまで以上に地域史の奥深さに魅了されることになった。

選評:通常、ある有名な人物の伝記や評伝を読むと、その「英雄」やら「芸術家」やらの強烈な個性ばかりに目がいきがちだ。だが、人がなぜ歴史に名を残したのかは、生まれ持った性格だけでなく、やはり歴史的な状況にも大きく左右されるだろう。評者もまたこの点に着目し、福岡県出身の炭坑記録画家・山本作兵衛の実像と日本近代史を結びつけようとしている。







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