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評者◆稲賀繁美
パクリエイター異聞――台北での国際デザイン史研究学会での体験から(1)
No.3283 ・ 2016年12月17日
■国際デザイン史研究学会ICDHSというのが台北で開催され、基調講演を依頼された。デザイン盗用の話題として2020年の東京オリンピックのエンブレムの件も持ち出した。世界からデザイン史の研究者が集まった会合だから、どんな意見が飛び出すかと期待していた。が意外にも、聴衆からはまるで反応がない。どうもこの一件、海外ではそれほど一般的には知られていないらしい。日本の国内報道ではあたかも世界中で話題騒然のような扱いだったが、日本の報道機関特有の内輪の過剰反応らしく、思わぬ肩透かしを食った。
あらためてこの一件を蒸し返そうとは思わない。だがデザイナー本人も含め、関係者の対応には、いろいろな病弊が露呈している。まず図案意匠を論ずるなら、構図と色彩とレタリングの三要素が最低限、考慮に値する。同一構図に異なった色彩を配したデザインは、はたして盗用の嫌疑を受けねばならないのか。むしろ同一の構図をいかにデザイン化し、彩色の工夫によっていかに異なったメッセージを伝達するかの訓練が、デザイン専門家養成課程の初歩であったはず。 問題となったロゴマークは、ベルギーのデザイナー、オリヴィエ・デビー氏のリエージュ劇場のロゴとは、この点で同一物とは言い難い。さらに構図の盗用の疑いを問われたロゴは、左右一対のエンブレムの左側に過ぎない。デビーさんが自分の発案にそっくり、と主張するのは、たしかにわかる。だが「類似」を「盗用」と認定するためには、純粋に造形的なデザインとは別次元の「事実判断」が必要となる。 岡本光博が取り上げたルイ・ヴィトンのモノグラムと比較しよう。十字や〇に田を配したこのフランスのブランド・デザインが、島津家の家紋に酷似していることは、つとに指摘されてきた。19世紀後半の日本趣味の流行のなか、日本の家紋に刺激されて、欧州で新奇なモノグラムが盛行を見たのは周知の事実。だがルイ・ヴィトン側は、流用は事実無根と突っぱねている。なぜ国際高級ブランドの主張はまかり通り、佐野研二郎氏は自分の非を認める羽目となったのか。両者には、譲歩の自白か自己主張の貫徹か、の差しかない。 近年、商標や知的財産権を巡る醜悪な諍いが絶えない。その背景には、醜聞嫌いの日本のお役所体質とともに、莫大な利潤の配当という金銭絡みの実態が控えている。さらに「似たもの捜し」に熱中する心根の底には、オリジナルを尊ぶ半面、コピーを貶すばかりか、頭ごなしに罪悪視する癖mindsetが巣食っている。反面、観光地の広告などに付記される「写真はイメージです」という不思議な断り書きは、現地体験が写真資料と違うと文句を付ける顧客からのクレイムへの予防策だろう。ふたつの絵を比べて違いを見つけるクイズにも「まちがい」捜しという日本語が付いている。「違い」が即、非道徳的な「誤謬」であるかのように、短絡されている。この辺に同一性と差異を巡る常識に巣食う病巣があるようだ。「模倣が革新を着火する」という副題をもつKnockoff Economyと題する学術書は、日本語訳では『パクリ経済学』と題された。俗語英語の攻撃性は、なぜ日本語では罪悪感を漂わせる後ろめたさを含んだ表現へと変貌を遂げたのだろうか。パクリエイターという新語も聴衆に説明してみたが、これもなぜか笑いは取れず、空振りに終わった。 |
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