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評者◆内堀弘
雑誌の大揃いは面白い――『文芸汎論』に河出の『文藝』
No.3281 ・ 2016年12月03日




■某月某日。札幌に行った。十月も終わろうかという頃、東京は夏日だったのに、初雪が降った。札幌(の入札会)に『文芸汎論』が60冊ほどまとめて出品される。これを落札しようというのだ。
 この文芸誌は、昭和6年に、詩人の岩佐東一郎と城左門がはじめた。他の総合文芸誌とは違って、詩を中心に置いて、時代の尖端を見ながら、都会的なセンスを終始保った。この二人は幼なじみの江戸っ子で、『ドノコトンカ』(昭3)というハイセンスな雑誌も作ってきた。とことん新しがりやなのだ。こうしたものは概して短命だが、『文芸汎論』は昭和6年から19年まで150号も続く。プライヴェートプレスの雑誌としては異色だった。
 これが60冊もまとめて出ることは稀で、私は思い切った額を入札した。だが負けた。落札したのは、東京の、日頃世話になっている先輩の業者だった。入札会では落札額と、落札者の名前だけが公表される。二番目は誰で、いくらまで入札してました、ということはわからない。雪の札幌にまで来て、踏みにじられた純情があることなど、落札者にはわからないのだ。日頃世話になっているとはいえ、私はこの先輩とはもう口もきくまいと思った。こういうときの私は尋常でなく心が小さい。なら、私が落札出来たとして、そのとき誰かが陰で私を恨んでいるなんて考えたことあるのかと言われれば、考えたこともない。ただ喜んでいる。
 『「文藝」戦後文学史』(佐久間文子・河出書房新社)が面白かった。戦時中に創刊された雑誌『文藝』(河出版)が、戦後二度の倒産を経ても現在に繋がる物語を克明に描いてみせた。雑誌は、まるで人のように、産まれ、育ち、独り立ちして、老いていく。それを滋味としたり、拒むように新味を求める。だから古書の世界でも雑誌の大揃い(まとまったもの)に人気があるのだ。たとえば『文芸汎論』は新味を追った。それは趣味人岩佐東一郎の道楽のように見えるが、もちろん印象でしかない。あの時代にそれだけで150号も持つわけはないのだ。著者は『文藝』に関わる事実を丁寧に積み重ね、評伝を書くように一つの雑誌を追った。事実は小説より面白い。踏みにじられた純情もいくらだって潜んでいる。ところで、『文藝』の伝説の編集長坂本一亀の深刻さに比べ、社長河出孝雄のあきれるほどの大らかさがよかった。いつか『文藝』の創刊からの大揃いが出たら買ってみよう。この本を読んでいるから、私は誰にも負ける気がしない。







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