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評者◆越田秀男
〈寄処〉を求めて彷徨する人びと――〈寄処〉を拒否した孤立無援の思想も牧歌に変ずるか
No.3280 ・ 2016年11月26日




■〈自分探し〉という言葉は誰が言い出したのか。旅行代理店の指矩か。芥川賞受賞作「コンビニ人間」(村田沙耶香)は、〈自分隠し〉の物語。世の常識から極端に乖離した少女は、他人と関わることを避けて生きてきたが、チョットしたキッカケで“コンビニ店員”に仮装して、世間と繋がることができた。しかし時を経てこの仮装すら奇異の目で見られていることが分かりだす。しかも彼女の仮装は、いつの間にか生身の表皮に化し、コンビニ動物に変身していた。カフカの「変身」では、ゴキブリとなり掃き捨てられてしまったが。彼女の場合、生活と心の寄処としていたコンビニが職人技のごとく血肉化したとも言える。この寄処を持てない、あるいは奪われた人々は、生活と心の難民となり巷を亡霊のごとく彷徨う。向き合うはスマホばかり。
 「カノン」(右田洋一郎/九州文学35号)の少年の寄処は、学校で世話するウサギだった。このウサギを機縁として校内でアイドル的存在の少女と思わぬ交際が始まる。すると、ウサギたちが無残にも虐殺された。二人の関係をやっかむイジメグループの仕業らしかったがうやむやに。時を経て、彼はストリップ劇場の照明・音響係を寄処としていた。ある時、新規のストリッパーに、あのアイドル少女ソックリの娘が入ってきた。彼は舞い上がる。するとストリップ劇場に異変が起こり、いつのまにか劇場はウサギ小屋に変じ猟犬の群れが襲う。
 「私は ずっと昔から こうよ」(柊木董馬/澪8号)の少女は両親を早くに亡くし伯母に育てられる。しかし就職もせず寄処を見いだせない。ある少年と関係ができたものの、彼が寄処なのではなく、寄処は彼の背中に彫られた蜘蛛である。それにも飽き足らず自分の背中にも。ある日、伯母に頼まれてしぶしぶ論語教室に代理出席。これが縁でバツイチの男と関係し、セナの入れ墨が曝露される。しかし男は意に解さず結婚を迫り、少女は葛藤する。男が話の折に示した論語が何事かを暗示する。もちろん彼女に意味がわかるはずもない。「子曰、里仁為美、択不処仁、焉得知」――二つの解釈があるようで、「里」「仁」のそれぞれを主語にすることで、意味が大きく違ってくる。「里」を主語として小説に引き寄せ歪曲して解釈すると「生き甲斐を得たいのならばまず住む〈里〉を選べ」。
 「もしかして」(田原明子/海峡派137号)では〈レビー小体病〉と診断された義母が登場する。この病気、もしかしてノーベル賞のオートファジーと関係ある? 主人公は夫と義母との三人暮らし。夫が単身赴任で、二人暮らしになってしまうと、義母に幻視の小人が現れ、義母の寄処となる。義母が死ぬと棺の上に小人がいるのが主人公にも見えてしまう。自分自身も義母のごとく寄処が希薄であることを感じる、その暗喩だ。
 70年安保からそろそろ半世紀。「学生たちの牧歌」(中村桂子/朝36号)の舞台はお茶の水C大学の学館闘争、学費闘争(当時実在し今も健在の、ピカ一の指導者、“大学八年生”と思しき人物も脇役的に登場する)。彼らの闘いはもしかして寄処探しだったのか。♪起て飢えたる者よ今ぞ日は近し~、が牧歌に変じた。
 沖縄返還は72年。脈90号では「吉本隆明の『全南島論』」が特集された。米軍基地に揺れ続ける沖縄。沖縄にとっての日本、日本にとっての沖縄が問われ続けている。国家とは何か、民族とは何か。根処を掘り続けなければならない。
 月村敏行が吉本の「マチウ書試論」を論じている(「人間―人類」論における生物学序説⑧/VIKING789号)。あらゆる寄処を拒否した吉本の孤立無援の初期思想が、解体される。
 戦後70年が経過してしまった。「馬の記憶」(伊藤恭子/渤海72号)は歌物語。主人公が暮らす老人施設に住む94歳の婦人は、空襲の記憶の断片を鮮やかに蘇らす。孕んだ馬を曳いてきてようやく防空壕の入り口につなぎ止める農夫。「ン馬、ン馬! ハラのでっかいかあさん馬やったが! はらでっかて、でっかて!」。この老婆の記憶像をもとにした歌が詠まれる――「壕の前に横たえられし馬愛し/馬は何事も言うを得ざれば」「まなうらの馬の瞳のうるみたれば/ホームの夜を我いねずして」。もはや寄処などどこにもない。
(風の森同人)







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