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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻25
No.3279 ・ 2016年11月19日




■苦いデビュー戦となった議会初質問

 妻の陽子にもちこまれた彼女の地元・兵庫県加古川市議選挙出馬の話に、井筒高雄は「身代わり」を志願、わずか4か月の準備運動で、2002年6月30日、定数36中28位でなんとか滑り込むことができた。さっそく9月の定例議会にむけ準備に入るところだが、井筒の出馬の仕掛け人兼参謀である井奥雅樹の高砂市議選が同じ9月上旬に迫っており、井筒は「恩返し」もあって、選対の事務局長を引き受け、加古川から車で15分ほどの高砂にはりつき、早朝から夜遅くまで、票の掘り起こしと押さえ込みに走りまわった。
 いかにも自衛隊出身の「義理と人情の男」らしいふるまいだが、そのために市当局の関連資料をしっかり読み込み、また支援者や関係者から要望を聞きながら、初の議会質問を練り上げる時間がなかった。もっとも、後に思い知らされるように、仮にその時間があったとしても、つい数か月前まで「水を売っていた」体育会系営業マンに、迷宮のような予算・決算書類や関連資料を読み込んで、問題の所在を探りあて、その核心をつかみとることなどできなかっただろう。
 ちなみに、加古川市議会では、議員一人の一般質問の持ち時間は年間で60分以内という「内規」があった。つまり年4回質問するとして、1回たったの15分。となるとテーマはせいぜい2つだろうという井奥のサジェスチョンもあって、井奥選挙の忙中に閑を盗んで選んで下準備した質問テーマは、自分の選挙運動で訴えた「子育て」と地元地区でかねてから問題になっている「神戸製鋼煤塵被害」であった。
 まずは「子育て」関連だが、井筒がピンポイントで絞りこんだのは、前年の2001年12月に成立した「子どもの読書活動の推進に関する法律」(略称「読書活動推進法」)にかかわる予算措置であった。同法は2000年の「子ども読書年」を契機に超党派の国会議員によって制定をみたものだが、「国との連携を図りつつ、その地域の実情を踏まえ、子どもの読書活動の推進に関する施策を策定し、及び実施する責務を有する」(第4条)と、行政側の「読書環境整備責務」が明記されてはいるものの、ほとんどの法律がそうであるように「理念法」で、実態は「事業者は、その事業活動を行うに当たっては、基本理念にのっとり、子どもの読書活動が推進されるよう、子どもの健やかな成長に資する書籍等の提供に努めるものとする」(第5条)と、実施主体の基礎自治体にとっては「努力義務」しかなかった。したがって、それをいいことにろくに予算をつけない自治体が多く、加古川市もその一つだった。
 そのいっぽうで、市は一〇四億円もの予算を計上して、総合体育館の建設を予定していた。そこで、井筒は、総合体育館全体の設計をよりコンパクトにして、余った予算を「読書活動推進法」にふりあてたらどうか、具体的には、市内の小中学校や市立図書館に対して書籍や司書の充実をはかるべきではないかと質した。時間のない中の準備ではあったが、高砂でこの問題に熱心に取り組んでいた井奥のサポートもあり、また自身にとっても、新宿区で娘の保育料の値上げ問題にかかわったことが市議挑戦の背景にあり、子どもの教育については身近なテーマということもあって、質問には気合いも入り、自信と自負もあった。
 しかし、市当局のほうが数段上手であった。これまで加古川市議会には存在・生息していなかった「毛色の変わった市民派議員」の誕生で、オンブズマン的な追及を受けるだろうと、前もって十分な「傾向と対策」を講じていたらしい。答弁に立った教育総務部長は「読書活動推進法」の条文を巧みに引用しながら、「市といたしましては、これまでも十分に推進につとめておるところでありまして、これ以上の予算措置は必要ないと考えております」と答弁。これに対して、悲しいかな、「新人」ゆえにさらに突っ込みを入れる具体的な材料をもたない井筒は、そこで無念にも引き下がるしかなかった。
 これに関連して、そのほかに保育園の待機児童問題を指摘。加古川市内の認可保育園に入園できない待機児童解消をする手立てとして無認可保育への助成を復活させるという提案と、幼稚園の3歳児入園と校区を外し、市内全域での入園を可能とすべきではないか、という質問をしたが、これに対する市当局の回答も「暖簾に腕押し」であった。
 もう一つの質問の「神戸製鋼煤塵問題」も同様だった。
 そもそも加古川は、「鉄」(神戸製鋼)と「織物」(日本毛織)の企業城下町として栄えてきたが、前者の神戸製鋼加古川製鉄所は操業32年(当時)と施設が老朽化、排出される煤煙被害(車や洗濯物が汚れるなど)に周辺市民は長年悩まされてきた。井筒は選挙運動には巻きこまないと、妻の実家ではなく、単身で加古川の南部、尾上町地区に居住。そこは工場に隣接するので、煤煙被害の深刻さは身をもって体験していた。しかし、井筒の追及に対して、市側は、「神戸製鋼は十分な対策を講じ、同社の調査でも煤塵の数値は国の基準以下であり、市としてはまったく問題ないと理解している」と答弁。これまた、巧みにかわされてしまった。
 じきに井筒は思い知ることになるが、加古川における神戸製鋼の影響力は半端ではない。従業員と家族に下請けや孫請けを加えると相当な数になる。その証拠に、会社側からはつねに2名の市会議員が高位当選で送り込まれており、それ以外にも同社から「おこぼれ」にあずかっている保守系の議員も数多くいるのではないかとの噂も絶えなかった。したがって、「神戸製鋼煤塵問題」は、工場の周辺だけの「特殊な声」としてかき消されてきたという経緯と背景があり、「読書活動推進法」の具体化以上にぶ厚い壁が、井筒の前に立ちはだかっていたのである。
 こうして、井筒の加古川市議としての初の一般質問は、あえなく空振りに終わり、なんともほろ苦いデビュー戦となった。だが、これがかえって井筒高雄の持前の闘争心に火をつけ、彼を「政治的人間」へと大きく成長させることになるのである。
(文中敬称略)
(つづく)







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