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評者◆殿島三紀
台湾で生まれ育った日本人の記録――ホァン・ミンチェン(黄銘正)監督『湾生回家』
No.3279 ・ 2016年11月19日




■『ダゲレオタイプの女』『奇跡がくれた数式』『手紙は憶えている』『彷徨える河』などを観た。
 『ダゲレオタイプの女』。黒沢清監督の初海外進出作品。フランス語のオリジナルストーリーで臨んだ作品である。オールフランスロケ、キャストもスタッフも、言葉もすべてフランス。ダゲレオタイプとは世界最初の写真撮影法で銀板写真のこと。この撮影法は長時間の露光を必要とし、生きた人間を撮影する場合には拘束具で身体を固定する。そのドS的怪奇性に加え、日本的怪談の薄気味悪さも漂う作品となった。
 『奇跡がくれた数式』。監督・脚本はマシュー・ブラウン。インド人青年がケンブリッジ大学に数式を送る。その才能に気づいた数学者は彼を大学に招聘。第一次世界大戦を背景に、差別や偏見の中で次々に研究成果をあげる早世の天才数学者ラマヌジャンと英国人数学者の友情を描いた実話。数学が苦手でもしみじみと感動できる。
 『手紙は憶えている』。アトム・エゴヤン監督作品。本作で脚本家デビューしたベンジャミン・オーガストの脚本がすごい。70年前アウシュヴィッツで虐殺された家族の復讐に立ち上がった90歳の認知症の老人がナチスへの復讐のため老人ホームを脱出。犯人捜索の手掛かりは同じ老人ホームに住み、同じ過去を持つ老人が書いた一通の手紙だけ。単なる復讐劇と思ったら大間違い。衝撃のラストだ。
 『彷徨える河』。「2016年に注目すべき監督10人」に選ばれたコロンビア出身のシーロ・ゲーラ監督。ガルシア・マルケス『百年の孤独』やレヴィ=ストロース『悲しき熱帯』を彷彿させ、過去と現在が錯綜するような不思議な世界観の物語だ。舞台はアマゾン川のジャングル。白人によって殺戮された先住民を描いたドキュメンタリーを思わせながら、その実、呪術と幻想が支配する作品である。
 名作が目白押しの11月。今回紹介するのは台湾映画『湾生回家』だ。台湾は1895年下関条約(日清戦争の講和条約)から1945年日本敗戦までの50年間、日本の植民地だった。「湾生」とは戦前の台湾で生まれ育った約20万人の日本人を指す言葉である。当時は日本から公務員や企業駐在員が台湾へ渡り、農・漁業従事者も移民として根付いた。そして1945年の敗戦後、彼らのほとんどは中華民国政府の方針によって強制送還される。
 本作は湾生たちの台湾への望郷の思いを描いたドキュメンタリー映画である。監督はホァン・ミンチェン。当初、湾生を知らなかった監督だが、彼らと触れ合う中で、その人生のドラマを発見し、彼らが台湾でどんな生活を送り、戦後の混乱をどう生き延び、いま台湾のことをどう思っているのか、優しい視線で見つめながら本作を完成させた。
 実は本作の試写を観ていた時、後ろの座席に2人の老人が座っていた。プレス資料を見ながら「この景色も覚えてるよ、懐かしいなあ」と大きな声で話している。彼らも湾生だったのだろう。戦後71年経ち、家族と共に帰還船に乗った幼児もこんなに老いるのだ。昔、日本に占領されていたにもかかわらず、憎悪も復讐もなく、老いた湾生たちへの愛情すら感じさせる視線で、台湾の人がこういう映画を撮り、湾生を知らない若い観客も本作を受け入れ、ヒットしたことに、かの地の人々の懐の深さを感じる。
 占領される側と占領する側。何もなかったはずはない。本作には6人の湾生が登場し、それぞれが故郷台湾の思い出を陶然とした表情で語る。台湾の幼馴染たちも再訪した彼らを抱きしめんばかりにして迎える。彼らが元気な内に本作を撮影した台湾の方々に謝意を表したい。試写室で後ろの座席にいた老人が「こんな良い映画はみんなが見なくてはいけないねえ」とつぶやいていた(彼の声はとても大きかったのだ)。
(フリーライター)







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